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学芸員がやさしくアートを解説します|竹内栖鳳 大獅子図

威風堂々!これぞ百獣の王!

―誰が描いたのですか?

竹内栖鳳(1864~1942)という近代の京都画壇を代表する日本画家です。日本の伝統的な画法に加えて、西洋画の写実表現を取り入れた新しいスタイルの日本画を確立しました。徹底的な写生にこだわって、動物、人物、風景…その対象が何であれ、生き生きと写し取るように描く超絶技巧が素晴らしいです。

 

 

―すごく迫力がありますね。かっこいいライオン!

実物はすごく大きい作品です。縦239cm×横300cmで運ぶのも展示するのも一苦労です。この絵の前にたたずむと、まるで動物園でライオンを見ているかのように感じます。

 

「国宝 両部大経感得図(龍猛)」獅子部分拡大

―だいぶ実物に近いリアルな感じですね。昔の獅子の絵とはだいぶ様子が違うような…。

そうなんです!例えば有名な狩野永徳の「唐獅子図」のように、明治時代以前の人々にとって、獅子とは伝説上の動物でした。実際のライオンとは似ても似つかない、強面の猫みたいな獣を想像して描いていたわけです。〔例:「国宝 両部大経感得図 (龍猛)」平安時代(12世紀)〕

しかし栖鳳は、実際にライオンを見てその姿を描いたので、日本初のリアルなライオン画家と評価されています。

 

 

―ちなみにライオンはどこで見たのでしょうか?

明治33年(1900)、栖鳳はパリ万国博覧会の視察のため、夏から7カ月ほどヨーロッパを周遊していました。当時ヨーロッパではすでに動物園があり、そこで栖鳳は初めてライオンを目にして衝撃をうけました。そして、連日動物園に通いつめてたくさんスケッチを描き、帰国後それをもとに獅子図を制作したそうです。

 

 

―栖鳳の獅子を見た当時の人々も衝撃を受けたのではないでしょうか?

ヨーロッパから帰国して約2ヵ月後、栖鳳は第7回新古美術品展(1901年)という公募展で、初めて獅子の絵を出品しました。金屏風に水墨でライオンを3頭描いたこの作品は「金獅子」として当時大変話題になり、リアルな迫真のライオンを描く画家として一躍有名になったそうです。それ以降、栖鳳のところにはぜひ獅子を描いてほしいという依頼がたくさん寄せられたとか。この絵は「金獅子」の後に描かれたものとされます。この時期、栖鳳は大画面の獅子図を何点も制作しているので、当時の人気ぶりがうかがえますね。ちなみに、この絵が描かれた年(1902年)、奇しくも上野動物園で初めてライオンの展示が始まったので、まさにタイムリーな絵だったといえるでしょう。

 

 

―なぜこんなに大きく描いたのでしょうか?

近年の研究により、当時呉服商だった京都・高島屋が、セントルイス万博(1904年)に出品するために制作していたタペストリーの下絵を栖鳳に依頼しており、その原画だった可能性が指摘されています。タペストリーは壁を覆う巨大な織物なので、それに併せて大きな下絵を描いたとされます。

頭部分拡大
前足部分拡大

 

 

 

―よく見ると毛並みが細かい!

ちょっと硬めのごわごわとした毛並みの質感が非常にうまく表現されています。墨線と白い線を使い分けながら、体の部位によって毛並みの長い/短い、硬い/柔らかいを細かく巧みに描いています。よくみるとラフで早い筆先と丁寧で細い筆先を駆使していることがわかります。

 

 

―触ったことはないですが、ライオンの毛って本当に硬いんですか?

以前、京都の老舗帯匠である誉田屋源兵衛の10代目・山口源兵衛さんに、この「大獅子図」の展示に合わせたコラボレーション企画として、実際のライオンの毛を使って「大獅子図」帯を織っていただきました。その制作時のお話によると、ライオンの毛が非常に硬かったため、絹糸と一緒に織り込むのが大変難しかったそうです。

誉田屋源兵衛による大獅子帯。鼻梁にライオンの毛が織り込まれている。

 

顔部分拡大

 

―顔の立体感がすごい!あと筋肉の盛り上がりもよくわかります。

細かい色を塗り分けることによって陰影を出し、このような立体感を出しています。どっしりかつ凛々しく、写実表現を重んじた栖鳳の徹底的な追求ぶりを感じます。一方で寝そべっている体や後ろ足を見ると、ラフで素早い筆線の輪郭が際立っています。このあたりの描き分けをみると、日本の伝統的な画法と西洋の新しい写実表現が混在していることがわかります。ちなみに、墨や顔料のほかに、セピアなど新しい西洋の色も取り入れています。

後ろ足部分

 

 

―よく見ると、結構描き直しているところがあるんですね。

特に後ろ足やしっぽは何度も描き直した痕跡が見られます。輪郭を取る墨線を丁寧に微調整しながら描いていたようですね。

 

 

―一言であらわすと?

日本初のリアルライオン画家の真骨頂。

 

 

今回の作品

作品名称:大獅子図

作者:竹内栖鳳

員数:四曲一隻

制作年代:明治35年(1902)頃

従来の伝説上の獅子ではなく、実際のライオンの姿を迫真の筆致で写実的に描いた屏風。その先年、パリ万博の視察のためにヨーロッパを巡った栖鳳が、動物園で初めてライオンを見て描いたスケッチをもとに日本で制作した。京都の高島屋が、1904年のセントルイス万博に出品するタペストリーのために制作依頼をした原画であった可能性が指摘されている。

 

 

藤田美術館

明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。

 

 

本多康子

藤田美術館学芸員。専門は絵巻と物語絵。美味しいお茶、コーヒー、お菓子が好き。最近買ったお気に入り:たぬきの置物(信楽焼ではない)

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