―これらはなんですか?
茶道具のひとつ、蓋置(ふたおき)です。点前のはじめは柄杓を置いて、釜の蓋を開けたらそれを置いておきます。
―日常的に使うものですか?例えば食器屋さんに行って「蓋置ありますか?」と聞いたらあるもの?
う~ん。「蓋」は日常に溢れていますから、あらゆる蓋を一時的に置いておくための“蓋スタンド”なるものは、食器屋さんにも売っているかもしれません。しかしここで取り上げているのは、あくまでも茶道具としての蓋置です。
―にしても、たくさんある。蓋置って、茶碗みたいにコレクションするようなものなんですね。
茶会は亭主のトータルコーディネートの場ですから、小さなものから1つ1つこだわりの道具を揃えるのです。とはいえ、蓋置なんて、茶の湯でないと、なかなか光が当たらない道具ですよね。そういえば箸置が好きで集めている知り合いがいたな。
ではいくつか見ていきましょうか。
―まず、どう見ても蓋を置くにはバランスが悪いものがあるっていうのが、面白い。
お茶碗など他の茶道具と同じように、蓋置もそれ専用に作られたものと、見立てられたものがあります。だから置きづらそうなものもあるんでしょう。例えばこれは、本来は中国で墨を置いておく文房具(墨台、ぼくだい)として作られたものを、日本の茶人がちょうどいいやと蓋置に転用しました。どうですか?
―3人の子どもが手を繋いで輪になっていて…平和祈念の像っぽさがあって、可愛らしいですね。しかし、このお団子ヘアーでは、蓋は安定しなさそう。
このような中国の子ども(唐子、からこ)が遊ぶ図様は、中国では子孫繁栄など吉祥の意味を持っています。金属製でどっしりしているけど、おっしゃる通り、ちょっと不安ですね。
―これはカニですね。可愛い。ほっそりしているけど水平だし、安定感がありそう。
笹の枝をフンッと持ち上げるカニ。リアルで見事ですよね。こちらも実は中国の墨台の見立てだと考えられています。
―こちらは竹で作られていますね。
千家三代目の元伯宗旦(げんぱくそうたん、1578~1658)が竹を切って手作りしました。ひび割れをかすがいで繕っていて、朱漆でサインが書かれています。竹製の蓋置は、武野紹鴎(たけのじょうおう、1502~55)が創案して、紹鴎に習った千利休(1522~91)が定着させたと言われています。このようにサインが残っている竹蓋置は、その日の茶会に呼ばれた客人が、亭主からもらい受けてサインを求めたものだと考えられています。
―え~!何だか、コンサートでピックを投げるギタリストみたい。
確かに!貰えたら嬉しくて、こんな風に大切に保管しちゃいますよね。
―お、これは“しゅんでる”おでんの大根みたい。いや、ちくわぶか…
しゅんでる!面白い見方ですね。竹製のものを模して作られた陶製の蓋置です。桃山時代後期の大名茶人・古田織部の指導で始まったとされる織部焼で、暗緑色の釉薬が掛かっています。
―この青磁もきれいですね。
こちらも見立てです。もとは中国で、夜に勉強をするとき手元を照らす灯明の火皿を載せる台として作られたといわれます。だから「夜学(やがく)」と呼ばれます。個人的には、中に小さなキャンドルを入れて、上にアロマオイルを垂らした皿をかぶせて使いたいですね。
―これはすごい、現代アートのようです。巨大にして、ニューヨークの街中に置いてもかっこよさそう。
この幾何学さ、凄いですよね。江戸時代に作られたというのも驚きです。
―数学の多面体の問題みたいですね。画像だとどこが天面なのか分からないな。
これ、実は1枚の細長い金属の板です。それを正三角形に折り曲げながら、切子型にしています。
―これはサザエ?トゲトゲで見るからに置きにくそう。どうしてサザエなのでしょう?
はじめは、サザエの貝殻をそのまま見立てて使ったようで、こちらはそれを模して作られたやきものです。ちなみに点前では、トゲトゲの方を下にして、貝殻の口が開いている方に蓋を置きます。最初にサザエの貝殻を使った人は、浜辺帰りだったのか、美味しいサザエを食べて感動したのか…
―ひとことで言うと?
茶人のオタク具合が伝わる、小さなこだわりの茶道具たち。
今回の作品(上から)
「色絵古銅三ツ人形蓋置」中国・明時代(17世紀)
「笹蟹蓋置」中国・明時代(17世紀)
「竹引切」元伯宗旦、桃山~江戸時代(16~17世紀)
「織部焼竹引切」江戸時代(17世紀)
「砧青磁夜学」中国・明時代(17世紀)
「栄螺蓋置」江戸時代(17世紀)
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
石田楓
藤田美術館学芸員。美術に対しても生きものに対しても「かわいい」を最上の褒め言葉(次点は「かっこいい」)として使う。業務上、色々なジャンルや時代の作品に手を出しているものの、江戸時代中~後期の絵画が大好き。