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学芸員がやさしくアートを解説します|春日厨子

扉を開けると…鹿?

―これは何ですか?

春日厨子と言います。奈良の春日ではなく、この形の厨子をこう呼びます。厨子の中には仏像、経典、舎利(しゃり、釈迦の骨のこと)を置くのが普通です。神鹿(しんろく)を納めた厨子です。

 

―これは中に…あんまりかわいくない鹿がいます。

そう。目があまりにも前についています。神鹿(しんろく)がつける鞍の上には藤の懸かる榊(さかき)が立てられ、鏡が置かれます。

 

―鹿を置く厨子はよくあるんですか?

これ以外には現在見つかっていません。神鹿を描いた絵はよくあるんですが…

 

―そもそも、神鹿ってなんですか?ただの鹿じゃないの?

この鹿はタケミカヅチノミコト(武甕槌神)の眷属(けんぞく)です。その辺の鹿ではありません。稲荷大神の狐と同じようなことですね。神さまの使いです。

 

―タケミカヅチノミコトっていうのは…

元々、常陸国(ひたちのくに、現在の茨城県)にある鹿島神宮(かしまじんぐう)に祀られていた神さまです。春日大社を創建する時にお招きしたところ、白鹿に乗って三蓋山(みかさやま、三笠山とも)にやってきたと言います。

 

―春日大社の神さまなんですね。

そうです。春日大社に祀られる神さまは他にもいますが、その一柱がタケミカヅチノミコトで、その眷属がこの鹿です。

 

―奈良公園の鹿と関係ありますか?

あります!奈良ではタケミカヅチノミコトが神鹿に乗ってやってきたことから、鹿が神の使いとされてきました。なので、奈良の鹿は大事にされているんですね。

 

―あれ、鹿の足元に雲があるのは…

いいところに目を付けました。茨城から奈良まで、神鹿は神さまを乗せて空を飛んでやって来たので、まさにそのやってきた様子をあらわしています。

 

―背中に乗せている鏡も意味があるんですか?

これは神さまをあらわしています。神社でも御神体として鏡を祀っていることがありますね。神さまは人の姿であらわすこともありますが、鏡で表現されることもあります。タケミカヅチノミコトが山に降り立ったあと、榊を依り代にして麓(ふもと)の社(やしろ)に降りたという伝説から、鏡と榊を乗せているようです。

 

―扉の人たちは?鹿の後ろにも絵があります。

内側の2人は綱を手にしているので、神鹿を牽(ひ)く姿だと思われます。神鹿に乗って神さまが春日の地に降り立って、麓に下りていくという一連の物語が厨子の絵と鹿の像とであらわされているんですね。鹿の後ろ、厨子の奥壁には後ろには春日大社が描かれています。一之鳥居、二之鳥居、御蓋山、春日山が見えますね。ちなみに天井には龍がいます。

―ひとことでいうと?

春日の地に降り立った神鹿を表現している。類例のない、非常に興味深い美術品。

 

 

春日厨子

員数:1基

総高:33.5cm

時代:室町時代15世紀

内部に木製彩色の神鹿像を安置した宮殿形(くうでんがた)の厨子。春日に降り立った神鹿をあらわした立体鹿曼荼羅ともいうべきもので、類例が見られない。

 

國井星太

藤田美術館学芸員。きれいなものを見るのとおいしいものを食べる(飲む)のが好き。美術以外にも哲学、食文化、言語学…と興味の範囲は広め。専門は日本の文人文化。最近読んで面白かった本:大庭健・安彦一恵・永井均 編「なぜ悪いことをしてはいけないのか」

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