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学芸員がやさしくアートを解説します|朝鮮唐津壺形水指 銘 盧瀑

水しぶきを感じるやきもの

「廬山の瀑布」に見立てた白い釉薬のなだれ

 

―これは何ですか?

佐賀県唐津市で作られた唐津焼の水指です。

 

―いつ頃作られたのですか?

桃山~江戸時代(16~17世紀)とされています。特に天正~寛永年間(1573~1644年)にこのような白と黒(濃紺)の釉薬を使う唐津焼が作られたようです。

 

―唐津で作られたのに「朝鮮」とは…?ネーミングがややこしいですね。

作風が朝鮮半島の窯で作られたものに似てるとか、朝鮮半島から土や釉薬を輸入して作ったなど、名前の由来は諸説あるようですが、日本で作られたものです。やきものの名前は地名が二重になっていたり一見してわかりにくい。

唐時代(中国)の詩人・李白が詠んだ「望廬山瀑布」の一節より命銘

 

―「盧瀑」の銘の由来は?誰が名前をつけたのですか?

正確には「廬山(ろざん)の瀑布(ばくふ)」から取って「盧瀑(ろばく)」です。廬山とは、中国・江西(こうせい)省九江(きゅうこう)市にある南北約30kmにわたる連山で、古来より風光明媚(ふうこうめいび)な景勝地として知られていました。銘をつけたのは、表千家9代・了々斎宗左(りょうりょうさいそうさ、1775~1825)です。内箱の蓋裏に書付があります。

 

―何となく聞いたことあるような…?

漢詩の授業で一度は耳にしたことがあるのでは?中国・唐時代に活躍した詩人である李白(701~762)の代表作「望廬山瀑布(ろざんのばくふをのぞむ)」が出典です。

正面の白い釉薬が豪快になだれている様子が、詩の後半「飛流直下三千尺 疑是銀河落九天(飛ぶように早い滝の流れが、まっすぐに三千尺[※約1000メートル]も落ちている その様子はちょうど天の川が天空より落ちてくるかのようだ)」のくだりを彷彿(ほうふつ)とさせます。滝の轟音(ごうおん)や水しぶきが伝わってくるような気迫が感じられますね。

 

―確かに白い水しぶきが勢いよく流れているみたい。黒と白のコントラストがかっこいいですよね。

白い釉薬は藁灰釉(わらばいゆう)といって、稲わらを焼いた灰を原料としています。ケイ酸を多く含み、焼成すると白濁します。これを黒に近い鉄釉の上からかけて、コントラストの強い文様を出しています。

 

―なぜ中国の滝の名前を付けたんでしょうか?日本の滝でもよさそうなのに。

その理由はよくわかりません。日本にはない、中国の悠大な自然がつくりだす奇景とかスケール感を表現したかったのではないでしょうか。

叩き作りの痕跡

 

―形は何となくぽてっとしていてかわいいです。手でこねたのでしょうか?

叩き作りといって、ひも状にした粘土を下から円形に積み上げて本体をつくり、内側に当て木をしながら外側から叩いて成形しています。釉薬のかかっていない土見せ(露胎)の部分をみると、その形跡がみられます。

 

金継ぎの痕

 

―縁のところに金で修繕した後がありますね。

この水指は「千家名物(せんけめいぶつ)」といって、千利休(1522~1591)を祖とする三つの千家(三千家)において、特に珍重されてきた名物茶器の一つと伝わります。わざわざ繕うほど大事にされてきたんですね。

 

―ひとことで言うと?

中国の悠大な滝を肌で感じる水指。

 

〔今回の作品〕

作品名称:朝鮮唐津壺形水指 銘 盧瀑

    (ちょうせんからつつぼがたみずさし めい ろばく)

員数:1個

白濁した釉が一筋の滝のように流れる景色を中国の「廬山の瀑布」に見立てた、朝鮮唐津に類する壺形水指。

 

藤田美術館

明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。

 

本多康子

藤田美術館学芸員。専門は絵巻と物語絵。美味しいお茶、コーヒー、お菓子が好き。最近買ったおやつ:たぬきのしっぽ煎餅

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