―これはどういう茶碗ですか?
中国で作られた青磁の茶碗です。南宋時代(12~13世紀)に浙江省(せっこうしょう)の龍泉窯(りゅうせんよう)というところで作られました。粉青色(ふんせいしょく)と呼ばれる美しい青緑色が特徴です。日本では、このような青磁茶碗が室町時代末期ごろから茶の湯における抹茶茶碗として使われていたようです。
―なぜ満月という名前なのですか?
表千家9代・了々斎宗左(りょうりょうさいそうさ、1775~1825)が名付けたと伝わります。正円に近い形と瑕(きず)がない様子を、一点の曇りもない満月に喩えたといいます。上から見ると本当に真ん丸で美しい円です。制作当初は機械もない時代でしたが、このような正確な円が作れるのですね。
―この金の縁取りは何のためにつけられたのでしょうか?
これは覆輪(ふくりん)といって、後からはめられたものです。金を多く含んだ金属で縁取ることによって、補強と装飾を兼ねています。このような青磁茶碗に覆輪を付けるのは珍しいですが、この輝きによって一層夜空に浮かぶ「満月」を連想させたかもしれません。
―砧青磁の「砧」ってなんですか?
南宋時代(12~13世紀)の青磁が日本にもたらされたときに、布を柔らかくするための「砧打(きぬたう)ち」で用いる木槌(きづち)の形状に似ているものが多かったといいます。〔例:砧青磁杓立(きぬたせいじしゃくたて)〕そのためこのような形状の青磁を「砧青磁」と呼びました。以後、南宋時代の龍泉窯からもたらされた美しい粉青色の青磁は、形状が砧打ちの木槌と全く似ていなくても、「砧青磁」と総称されるようになりました。要はブランド名として定着したという感じですね。
―よく見たら側面全体に縦の筋が入っていますね。
鎬(しのぎ)蓮弁文といいます。蓮の花びらが立体的に浮かび上がるように、表面に凹凸(おうとつ)を付けて成形しています。上から青磁釉をかけたときに、その凹凸によって青磁釉の濃淡があらわれ、美しい景色となります。鎬(しのぎ)が立った部分は、釉薬が薄く胎土が透けて白い筋となって見えるのです。
―なぜこの青磁が評価されたのですか?
この青磁茶碗がいつ頃日本にもたらされたのかは不明ですが、少なくとも明治時代以前において、中国からもたらされたとされる絵画や工芸品は「唐物(からもの)」と呼ばれて、大変珍重されました。今でいうクールジャパンならぬクールチャイナとして、空前の唐物ブームが巻き起こっていたのです。その唐物のなかでも、とりわけエース級として評価されていたのが「砧青磁」です。数ある青磁の中でも、ひときわ美しい発色が当時の人々を魅了したのでしょう。
―一言であらわすと?
クールチャイナのエース級磁器。
〔今回の作品〕
作品名称:砧青磁茶碗 銘 満月
員数:1碗
高さ6.9cm 口径12.4cm
中国・南宋時代に浙江省・龍泉窯で作られた青磁茶碗。正円に近い形と瑕(きず)がない様子を、一点の曇りもない満月になぞらえて銘をつけたと伝わる。後世に付けられた金の覆輪で縁取られている。
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
本多康子
藤田美術館学芸員。専門は絵巻と物語絵。美味しいお茶、コーヒー、お菓子が好き。最近買ったお気に入り:たぬきのコーヒーカップ