―これはなんですか
茶箱と言って、中に小さな茶道具一式が入れられています。野外でお茶を点てる、野点(のだて)のために、茶道具を携帯できるようにしたものです。箱サイズは高12.3cm、一辺15cm程度の正方形の箱です。
―外でお茶を点てるんですね。
はい。豊臣秀吉に仕えていた千利休が、箱崎(はこざき、現・福岡市の一部)ではじめたという伝承があります。
―その時に茶箱ができた
いえ、このころは旅箪笥(たびだんす)というものを使ったようです。旅箪笥が茶箱の原型になったと考えられています。
―セットになっていてお得な感じがします
場所を取らなくて、しまうには困らないですね。持ち運びにも便利です。ただ、時代が下っていくと、茶箱の性格が変わっていきます。
―変わっていくというのは
野点を目的にした、持ち運びに便利なセットだったのが、段々とお気に入りの茶道具セットという性格が強くなっていきました。
―お気に入りの茶道具セット!いいですね。
茶箱に入るサイズということは前提条件で、お気に入りの茶道具を、しかも取り合わせを考えて一箱に詰めようとする人たちが出てきました。箱も、中身も、作られた時代・場所がバラバラの道具たちです。
―じゃあこれは藤田家のどなたかのお気に入りってこと…?
そういっていいと思います。実は既に誰かが組み合わせた茶箱を買って、半分ほど入れ替えたようです。完成していた茶箱を藤田家の好みに合わせて組み替えたものです。
―やっぱり藤田家でも野外で使ったんですか?
記録がないので正確なことはわかりません。広い庭を持っていたので、そこで使うことも出来たと思います。ただ、コレクターたちは実際に使うことだけでなく道具を組み合わせて一箱に収めることに楽しみを見出していたのかもしれません。仲間内で見せ合ったり…そんな想像も膨らみます。
―ところで、三番叟っていうのは
能楽『翁』の一部にある舞を言います。五穀豊穣を祈る、おめでたい内容です。茶箱の蓋に蒔絵であらわされている鈴、笛、扇、胴の注連縄が三番叟を思わせるモティーフであることから、三番叟蒔絵茶箱と呼んでいます。
―中身はどんなものですか
1つずつみていきましょう。
①青井戸茶碗 銘隼(あおいどちゃわん めいはやぶさ)です。朝鮮でつくられました。
②塩笥茶碗(しおげちゃわん)といい、こちらも朝鮮でつくられたものです。塩など調味料の容れ物だったといいます。
③唐物茄子茶入(からものなすちゃいれ)です。形が茄子に似ていることからこう呼びます。唐物は中国でつくられたもののことです。
④京都で焼かれた朝日焼(あさひやき)の茶入です。
⑤象牙荷葉形茶杓(ぞうげかようがたちゃしゃく)。中国でつくられた、象牙を削った茶杓です。先端が蓮の葉、持ち手側が蓮の蕾の形をしています。
⑥色絵鴛鴦香合(いろえおしどりこうごう)。野々村仁清(ののむらにんせい)という、1600年代の京都で活躍した陶工の作品です。(野々村仁清についてはこちらから→入門50選16京焼の大成者 仁清とは?)
⑦紅毛藍絵茶巾筒(こうもうあいえちゃきんづつ)。紅毛はオランダのこと。ナフキン筒を転用したものと思われます。
⑧象牙籠形彫茶筅筒(ぞうげかごがたほりちゃせんづつ)。竹を編んだように見えますが、象牙の彫刻です。
⑨花色地長命富貴獅子文昌紦袱紗(はないろじちょうめいふうきししもんしょうはふくさ)。豊臣秀吉の陣羽織の裂だったといいます。
―たくさんありますが、どれがおすすめですか?
どれも捨てがたい…個人的には塩笥はすごくいいし、竹にしか見えない象牙の茶筅筒もいいですが…ここは仁清の香合を挙げておきます。京焼を大成させた仁清の香合の中でも、抜群の作です。公家であった山科家が所蔵していた、由緒ある香合です。ちょっととぼけた鴛鴦の顔はとってもキュートです。
―一言でいうと?
小さいながらも、かつての所蔵者のお気に入りが詰まった茶箱。中身1つ1つ、箱までも大事にしていたに違いない…
三番叟蒔絵茶箱
員数 1箱
箱には蒔絵で笛、鈴、扇子、注連縄があらわされ、能の『翁』において3番目に舞う「三番叟」が表現されている。野外で茶を愉しむことを目的に、小さな茶道具を組み合わせて1箱に収めたものを茶箱と言う。藤田家が購入したのち、好みに合わせて道具の一部を入れ替えて現在の取り合わせになった。
今回の執筆者:國井星太
藤田美術館学芸員。きれいなものを見るのとおいしいものを食べる(飲む)のが好き。あとサウナ。美術以外にも哲学、食文化、言語学…と興味の範囲は広め。専門は日本の文人文化。