INTRODUCTORY SELECTION

前野学芸員がやさしくアートを解説します。|入門50選_29 | 黒樂茶碗 銘 千鳥

樂家の名工ノンコウの茶碗

 

黒樂茶碗 銘 千鳥(くろらくちゃわん ちどり)

 

 

 

―樂茶碗とは何ですか?

京都の樂家によって作られた抹茶を飲むための茶碗のことです。

赤色の茶碗と黒色の茶碗が基本になります。

 

―それは特別なものなのですか?

茶の湯専用の茶碗は樂茶碗以前にはありませんでした。

千利休(1522~1591)が完成させた茶の湯で用いるために作らせたものです。

利休は専門の職人に命じて、この茶碗をはじめ、茶の湯にふさわしい道具を生み出しました。

 

―樂家とは?

長次郎(?〜1589)を祖とする家で、現在も樂茶碗を作っています。

千家十職(せんけじっしょく)のひとつです。

樂家は中国の華南三彩という焼物の技術を持つ人物が祖であると考えられています。

 

―千家十職とは?

千家流(表千家、裏千家、武者小路千家など)の茶道具を作る職家(しょっか)と呼ばれる十の家のことです。

 

―この茶碗は誰が作りましたか?

通称「ノンコウ」と呼ばれる、樂道入(らくどうにゅう1599〜1656)です。

ノンコウの由来ははっきりしませんが、利休の孫、千宗旦(1578〜1658)が作った竹花入の銘であるなど諸説あります。ノンコウと宗旦は同世代です。

 

―ノンコウはどんな人ですか?

樂家の3代目です。父は2代目の常慶です。

父常慶とともに、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)と交流がありました。

本阿弥光悦は、俵屋宗達(たわらやそうたつ)とともに琳派を代表する人物として知られています。

常慶、ノンコウは、光悦が形作った茶碗を預かり焼成もしていました。

 

―この茶碗は艶がありますね。

ノンコウの黒楽茶碗の特徴のひとつで、釉薬に艶があります。

長次郎、常慶の茶碗にはノンコウほどの艶はありませんでした。

 

―真っ黒の無地ではなく、模様がありますね。

そうです。

初代長次郎から2代目常慶までは、黒楽茶碗に模様はありませんでした。ノンコウから樂茶碗に文様がつけられるようになりました。

 

―描いてあるのですか?

「黄ぬけ」と呼ばれる、黒い釉薬を掛けていない部分を作り、そこに黄釉をかける技法です。これもノンコウの特徴のひとつです。

 

―この模様に意味はあるのですか?

ノンコウがどのような意図でこの模様を付けたかはわかっていません。

この三角のような形を「千鳥の足跡」と見たことから、「千鳥」の銘が付いたと伝えられています。また、茶碗を上から見ると、ゆるい三角形になっているからという説もあります。

三角形は尾形光琳が略して描く千鳥の形と共通しています。

 

―銘とは何ですか?

銘は茶碗などの器物につけられた名前で、ニックネームのようなものです。

物の姿形から連想されたり、由来や所有者などにちなんでつけられます。

楽器、お香などに付けられる銘は平安時代より例があります。

銘があると、数多くある黒樂茶碗のうち、どの茶碗かを確定することができます。

 

箱書

 

 

―「千鳥」の銘は誰が付けたのですか?

箱の蓋に表千家6代覚々斎原叟宗左(かくかくさいげんそうそうさ 1678〜1730)が「ノンカウ焼 黒茶碗 銘千鳥(花押)」と記しています。

ですので、覚々斎がつけたと思われます。

 

―口のあたりに凸凹があるように見えるのは?

幕釉(まくぐすり)と呼ばれ、黒釉を口縁にだけ重ね掛けしています。

口縁から幕が垂れたように見えます。

こちらもノンコウの特徴のひとつです。

 

―艶のある釉薬を使う、文様を表す、黄ぬけ、幕釉の他にノンコウの特徴はありますか?

ノンコウの茶碗は、薄く作られ、伸びやかで大振りであることが多いです。

寸法としても大きいですが、樂家歴代の中でも伸びやかな茶碗が多く、大きく見えます。

また、口縁が薄く作られています。蛤の貝の縁のように薄くなっていることから、蛤端(はまぐりば)と呼びます。

他に、器の形が筒形だけではなく変化があります。

高台付近に釉薬を掛けず土見せ(胎土が現われている状態)にし、高台内にくっきりと「樂」印を押しています。

長次郎から常慶に見られなかった数々の変革があります。

 

高台

 

 

―代によって作風が変わるのですね?

樂焼は一子相伝により継承されてきましたが、作り方は教えられず、それぞれが自分で考えて茶碗作りを行っています。

時代の影響もあったと思います。ノンコウの頃は江戸時代のはじめで、世間の文化も華やかな方向に向かっていました。茶碗も明るく華やかになっています。

 

―これは有名な茶碗なのですか?

ノンコウ七種といわれる、ノンコウを代表するする7つの茶碗のひとつです。

獅子、升、千鳥、稲妻、鳳林、若山、鵺がノンコウ七種です。

 

―誰が持っていたのですか?

江戸時代のいつからか、大坂の両替商、千種屋が持っていたようです。

明治時代は千種屋の当主平瀬露香が所持していました。

明治39年に第3回の平瀬家売り立てで、傳三郎が購入しました。

 

―一言でいうと?

長次郎の端正な雰囲気とは異なり、華やかです。薄手で軽く、茶碗の中もとても広く感じます。伸び伸びとした大らかな雰囲気がとても良い茶碗です。

 

 

 

今回の作品:黒楽茶碗 銘 千鳥(くろらくちゃわん ちどり)

時代 江戸時代 17世紀

作者 ノンコウ(道入)

樂家三代道入はノンコウを称され、歴代随一の名工といわれます。艶やかで光沢のある肌、口縁から垂れるように掛けられた釉、胴のふたつの黄抜けなど、ノンコウ独特の作風です。この黄抜けを千鳥(の足跡)に見立て、表千家6代覚々斎宗左が銘を付けました。高台にあるノンコウの印は「樂」の字に「自」を用いているため「自樂印」と呼ばれます。千鳥は獅子、升、稲妻、鳳林、若山、鵺とともに「ノンコウ七種」のひとつに挙げられます。

 

 

藤田美術館

明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。

 

前野絵里  

藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。

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