―これはいったい…?枕?
枕です。ただし、生きている人でなく、亡くなった人が頭を乗せる枕です。
首とか肩もフィットしそうな形です。
―亡くなった人も枕で寝るんですね。ベッドとかお布団ですか?
古墳の中の棺で寝ます。裏側の船底形のカーブが棺の形に合うようになっていたと思われます。竹を縦に割ったような形の棺だったのでしょう。
―どこの古墳から出てきたんですか?
燈籠山(とうろうやま)古墳から出てきました。現在の奈良県天理市にあります。実は垂仁(すいにん)天皇陵から出土したと伝わり、箱にもその旨が書かれているのですが、古記録から明治29年(1896)に燈籠山古墳から掘り出されたことがわかりました。
―古墳ってことは…お金持ちの枕ですか?
お金持ち…大きな権力を持っていたことは確かなようです。燈籠山古墳は全長110mの前方後円墳で、勾玉や石製の腕輪といった副葬品も出土しています。
―発掘されたものがそのまま藤田家にやってきたのですか?
発掘されたあと誰が所有していたかはわかりません。正確な時期も不明ですが、明治~大正時代に藤田家が入手したようです。
―何で出来ているんですか?瓦みたいにも見えます。
粘土を焼いて出来ています。確かに、素焼きの瓦ともよく似ていますね。それから、埴輪(はにわ)とも同じ作り方なので、「埴製(はにせい)」といいます。焼いた後に色を付けたようです。
―なんで赤くしたのでしょう。
悪いものを払う、遺体の保護といった力がある色と考えられていたと言われます。水銀朱を使っていますが、古墳にはよく朱が用いられています。枕だけでなく、棺全体が朱で塗られていたと想像できます。
―文様には意味があるんですか?
正確な意味というと難しいですが…なにか呪術的な意味を持たせていたのかもしれません。のこぎりの歯のような鋸歯文(きょしもん)と、直線と曲線を組み合わせた直弧文(ちょっこもん)が刻まれています。
―こういった枕はよくあるものですか?
石や、土、木で作られた棺の中の一部を枕状に彫り出したものはあるのですが、埴製の枕は少ないです。
―棺と一体化した枕もあるのですね。
そうです。この枕は棺と別に作っているので、裏側の形を作ったり、色を塗ったりできたし、枕だけ持ってくることができたんですね。
―ひとことで言うと
鮮やかな色と精緻な文様が非常に目を引く、被葬者のための枕。こんな枕で寝てみたいですか?
重文 埴製枕 はにせいまくら
員数:一個
縦35.7 横30.2 高8.5
時代:古墳時代(4世紀)
古墳の被葬者の頭を支えるために作られた埴製の枕。明治29年に燈籠山古墳(奈良県天理市。前方後円墳、全長110m)より掘り出された。裏面は船底形にカーブしており、割竹形の棺に納められていたと考えられる。僻邪(へきじゃ)や遺体保護の力を持つと考えられていた朱で塗られている。埴製の枕は出土例が少なく、希少。
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
今回の執筆者:國井星太
藤田美術館学芸員。きれいなものを見るのとおいしいものを食べる(飲む)のが好き。あとサウナ。美術以外にも哲学、食文化、言語学…と興味の範囲は広め。専門は日本の文人文化。