HIDDEN COLLECTIONS

学芸員がやさしくアートを解説します|重文 歯車形碧玉製品

魔除け?宇宙?謎の石製品

表面。段差のついた円の周りに11個の突起がつく。直径22.1cm

—素材はなに?
グリーンタフという緑色の凝灰岩(ぎょうかいがん)で、火山灰などが固まってできた岩が変質して緑色になったものです。実は、名称にある「碧玉」とは緑色の鉱物のことでして、これは間違いです。

 

—1つのグリーンタフから作られているんですか?だとしたら大きいですね。
そうですね。グリーンタフは、翡翠などの宝石と違って高級品というわけではなく、日本では広く青森県から石川県にかけて採れます。柔らかめで加工しやすいのが特徴です。

 

—何かついていますが、土とか、汚れですか?それとも石自体の模様?
展示台に置いても、パラパラ落ちたりしません。だから表面に付いている土などではなくて、凝灰岩の成分があらわれたものだと思われます。

 

—なにに使われるものですか?
用途は明らかになっていません。弥生時代には、スイジガイという6本の突起を持つ貝を模した腕輪や銅器が、魔除けのために作られています。もしかするとこれも、そのあたりから派生して作られた魔除けの器物なのかもしれません。日常的に身につけるには大きいので、お祭りなどで使われたのかも。

—どこから出土しましたか?
大阪府柏原市にある、松岳山(まつおかやま)古墳群からです。

 

—では、埴輪(はにわ)と一緒ということ?
埴輪は、古墳のまわりに並べて置いて装飾するものです。この歯車形碧玉製品が、埴輪のようにまわりに並べられたのか、あるいは古墳の中に遺体と一緒に副葬されたのかは分かっていません。お金持ちの人がもつ魔除けの宝物のようなものを副葬品にしたというのは、十分に考えられますね。

 

—その古墳は、誰のお墓ですか?
具体的な名前は明らかになっていませんが、この地方のとても偉い人です。古墳はすごい財力がないと作れないですし、そのものが権力の誇示になります。

 

—古墳は今も見られるのですか?
古墳群のうち2基のみ残っていて、残念ながら、他は宅地開発のために埋められてしまいました。この歯車形碧玉製品が出土した古墳も、です。未調査のままでした。

 

—なぜ重要文化財に指定されているの?
同じ形や大きさのものが見つかっておらず、とても貴重だからです。もうお分かりの通り、そのぶん、謎にも満ちています。

 

—機械で作ったみたいにきれいですね。きれいな円や、突起がすごい。
本当にそうですよね。どうやって作ったのでしょう。まさに歯車というか、形の正確さには、機械の部品のような実用性を感じます。因みに、突起は先にいくほど薄く削られていて、一番薄いところは6ミリです。

裏面。円板の段差などが省略され、表面より簡素に作られている

—保存状態も良いですよね。今から何年前に作られたんですか?
古墳時代の4世紀(301~400年)なので、1600~1700年前です。

 

—こんな技術、古墳時代にあったんですね。
そうですね。古墳時代は、日本の国家の前身といわれるくらい、国としてかなり発展を遂げています。前方後円墳は、西に集中しながらも、岩手県から鹿児島県まで全国的に分布しています。と、いうことは西にあった権力が全国を統制して、あんなに巨大なものを作る技術が共有されていたということ。副葬品にはもっと凝ったものもありますし、侮るべからずです。

 

—古墳から発掘されて、なんだこれ?となって藤田家に来たのですか?
発掘当時の職員の人が、なんだこれ?と思って、古墳の調査を指示した自分の上司・堺県令の税所篤(さいしょあつし、1827~1910)に持って行くと、しばらく彼の元で保管されたようです。その後、藤田傳三郎が引き取りましたが、時期や経緯は分かっていません。

 

—突起は、10個でも12個でもなく、11個なんですね。なにか意味があるんでしょうか?
どうでしょう。先ほども紹介したスイジガイは、突起が6本ですので、その倍というわけでもないですね。しかし、あてずっぽうに作り始めて、結果的に11個になったというのも考えづらいので、何か意味を持たせている気もします。

 

—なんだかドリームキャッチャー(北アメリカの少数民族の伝統的な魔除け。悪夢を蜘蛛の巣で捉える)みたいに見えてきました。アンドロメダ星雲とか、太陽にも見えてくる。宇宙人が作ったのかも…
確かに!見ているといろいろ想像が膨らみますね。謎ばかりなので、そうやって自由に鑑賞できるのも面白い。

 

—1言でいうと?
古墳から発掘された、形も用途もナゾの石製品。

 

 

今回の作品「重文 歯車形碧玉製品」(はぐるまがたへきぎょくせいひん
直径:22.1cm
時代:古墳時代(4世紀)
グリーンタフという緑色の加工しやすい石材で作られた石製品。円形の周りに、突起が11個つく。同形品は発見されていない。明治10年10月、大阪府柏原市にある松岳山古墳群のうちヌク谷東ノ大塚古墳から発掘された。発見後しばらくは、堺県令・税所篤(さいしょあつし、1827~1910)の手元にあり、その後、藤田傳三郎の手に渡った。

 

藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。

 

石田 楓
藤田美術館学芸員。美術に対しても生物(人を含む)に対しても「かわいい」を最上の褒め言葉として使っている。業務上、色々なジャンルや時代の作品に手を出しているものの、江戸時代中~後期の絵画が大好き。

 

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