―読めません。何が書いてあるんですか?
たくさんの和歌が書かれています。一番始めに書かれていますが、「深窓秘抄(しんそうひしょう)」という和歌集です。平安時代(1000年くらい前)の仮名なので、今の我々にとっては読みにくいですね。
―深窓秘抄…聞いたことありません。
現在ではあまり有名でないかもしれません。平安時代の歌人・藤原公任(ふじわらのきんとう、966~1041)が編集した和歌集で、春・夏・秋・冬・恋・雑という6つの部立で101首の和歌が収められます。当時はたいへん人気でした。後の時代に「わが心に適へる歌一巻を集めて、深き窓にかくす集」として紹介されたように、公任が特にお気に入りの和歌を集めたようです。
―この巻物の字は藤原公任が書いたんですか?
いえ、違います。これは原本(オリジナル)ではないんです。古い和歌集や物語の原本が残っていることはほとんどなく、現在には写本(コピー)が伝わります。印刷ではなく、手書きで写します。
―では、誰が写したんですか?
実は、筆者の名前はわかっていません。ただ、筆跡の研究からいくつかの作品が残っていることが明らかになっており、平安時代を代表する仮名書の名手と考えられています。
―たくさん写本が作られたんですか?
深窓秘抄の写本はこの巻物以外にほとんど見つかっていません。なので、非常に珍しいものと言えます。
実は、平安時代の巻物は切り取って複数に分けられてしまうことが多く、一巻の始めから終わりまでまるまる残っているのも貴重です。貴重さと美しさから、国宝にも指定されています。
―ところで、どういったところを鑑賞するものですか?読めなきゃいけない?
鑑賞ポイントは3つあります。①紙の装飾を見る。②字そのものを味わう。③読んで和歌を鑑賞する。なので、読めなくても紙の綺麗さや字の美しさが楽しめますよ。
―紙も見るんですか?
紙にはいろんな装飾がほどこされています。深窓秘抄の場合は、青や紫のもやもやが浮かんでいますね。これは「飛雲(とびくも)」と呼ばれる装飾で、和紙に繊維を漉きこんでいます。他にも種類があり、まとめて料紙装飾(りょうしそうしょく)と呼びます。
―字を味わうというのはどうすればいいんですか?
字の形やつながり、墨の濃淡、掠れ具合、筆の動き…といったものをじっくり見てみます。良いと思ったり、そう思えなかったりするでしょうけれど、それでいいと思います。
―なぜ和歌の巻物をつくったのでしょう?
貴族同士の贈答用と考えられています。なので、字だけでなく料紙なども綺麗に飾っています。
―一言で言うと
平安時代を代表する歌人・藤原公任がお気に入りの歌を集めた貴重な和歌集の写本。加えて美麗な装飾を施した料紙に当時を代表する能筆家が筆を執った優れた作品です。
今回の作品:国宝 深窓秘抄(しんそうひしょう)
員数:一巻
時代:平安時代(11世紀)
藤原公任(ふじわらのきんとう)の私撰和歌集・深窓秘抄の貴重な写本です。かな書の完成期と言われる11世紀を代表する能筆家の手によると考えられます。優美な字形やゆったりとした筆運びが魅力です。
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
國井星太
藤田美術館学芸員。きれいなものを見るのとおいしいものを食べる(飲む)のが好き。あとサウナ。美術以外にも哲学、食文化、言語学…と興味の範囲は広め。専門は日本の文人文化。