―これは何ですか?
茶の湯で使う道具で、水指と呼びます。
飲料水を入れ、客のいる茶席に持ち出すための容器です。
―この水指はどんな茶席に使うのでしょう?
茶の湯には濃茶と薄茶の違いがあり、点前や使う道具も異なります。華やかな印象のある水指ですので、薄茶になると思います。
―なぜですか?
茶の湯(茶事)のメインとなる濃茶は格式の高いものとされ、茶碗は楽茶碗や井戸茶碗のように模様の入っていないものが使われます。これに対し、薄茶では季節に合わせた絵柄の入った茶碗などの道具も使います。
―茶の湯に格があるのですか?
茶の湯では真行草(しんぎょうそう)という区別があり、書道の楷書(真)、行書、草書からきています。楷書が真、くずした書体が草、その中間が行です。
茶の湯では使う道具から茶室建築までそれぞれに区別がありますが、水指や花入れなどでは、真は中国伝来の唐物や青磁、草は国内で焼かれた陶器や竹、木などの素朴なものを使います。
―どこで作られたのですか?
中国江西(こうせい)省にある景徳鎮窯(けいとくちんよう)です。
景徳鎮窯には国家が運営する官窯(かんよう)と民間が運営する民窯(みんよう)がありました。祥瑞は民窯で作られたと考えられています。
―祥瑞は何を意味するのですか?人の名前ですか?
現在は焼き物の様式を示しています。
水指の底裏に「五良大甫呉祥瑞造」の銘が二重角枠の中に2行で記されています。
この銘文のある作品が複数あり、ここから「祥瑞」と名付けられました。
―人の名前のように見えるのですが…。
銘文については様々な説があります。
江戸時代後期に記された書物に、祥瑞は伊勢陶工や、伊勢の津の人、伊藤五郎大夫である、などの説が見えます。
銘文がなくても、同様の様式を持つ染付磁器を「祥瑞」または「祥瑞手」と分類します。
―では祥瑞の様式とは何ですか?
純白の白磁に鮮やかな染付で絵付けをした、やや厚めの端正な染付磁器です。
独特の幾何学文様や花鳥を描いた茶道具の一群で、空白を空けることはほとんどなく、文様で埋め尽くす傾向があります。
―この水指にはどのような文様が描かれていますか?
胴の片面に牡丹と吉祥鳥として描かれる叭々鳥(ははちょう)、もう片面は瓢箪(ひょうたん)、花瓶、扇、蓑(みの)などを散らしています。
口縁は青の帯に馬に乗る人物を描いた丸紋を繋いでいます。祥瑞の典型的な模様でパラパラ漫画のように見えます。
蓋の表は松竹梅、裏面は虎を描き、蓋の縁と高台側面は幾何学文様が描かれています。蓋の摘みは蜜柑の軸と葉と思われます。
―名前にある砂金袋とはなんですか?
文字通り砂金を入れる袋のことです。
器の下部が膨れ、口が少し締まるような形のものを呼ぶ名称です。
―青色が鮮やかに見えます。
良質の酸化コバルトを使って絵付けをしています。
下地となる白磁も純白に近い上質のものであるため、
白と青のコントラストが鮮明で、美しい焼物です。
―いつごろ作られましたか?
明時代末の崇禎(すうてい)年間(1628〜44)と考えられています。
古染付の直後になります。
古染付のように歪みやホツレのあるものはなく、いずれも端正な姿形をしています。
―中国で使われたのですか?
日本から注文して作られた茶道具で、中国では使われなかったと思われます。
―誰が注文したのですか?
注文した人や、どのように注文したのかという具体的なことはわかっていません。
小堀遠州(1579〜1647)ら茶の湯世界からの需要によって注文生産されたとの説があります。
―この水指は誰が持っていたのですか?
所蔵者や伝来についての情報はありません。藤田家にいつ入ったのかも、わかっていません。
―祥瑞の後の時代は?
明時代末の動乱期に中国製磁器は生産が難しくなり、輸出ができなくなりました。その間に日本の伊万里焼が中国染付の代わりにヨーロッパに輸出されるようになりました。
清時代になり磁器の生産能力が戻ると、また、日本やヨーロッパ等へ輸出されるようになっていきました。
―一言でいうと
青色が美しい存在感のある水指です。表裏で胴に描かれた文様が全く異なるため、リバーシブルのような印象です。騎乗人物を繋いだ丸紋が、特に祥瑞らしさを出しています。
今回の作品: 祥瑞砂金袋共蓋水指(しょんずいさきんぶくろともぶたみずさし)
時代 明時代 17世紀
端正な美しい形で、膨らんだ胴に叭々鳥と牡丹が表されています。底裏には「五良大甫呉祥瑞造」の銘が記されています。祥瑞は景徳鎮民窯で日本からの注文に応じて作られた、青と白の発色が良い染付磁器です。
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
前野絵里
藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。