―この仏像は何ですか?
地蔵菩薩です。
雲の上に蓮台があり、その上に立っています。
地獄に落ちた人を助けるために、雲に乗って飛ぶ姿を表現しています。手には、錫杖(しゃくじょう)と宝珠(ほうじゅ)を持っています。
奈良にある春日大社三宮の本地仏(ほんじぶつ)である地蔵が、春日野(飛火野 とびひの)の地下にあるとされる地獄から罪人を救済するという信仰と結びついていると思われます。
―これは飛んでいる姿なのですね?
地蔵が空を飛ぶような前傾姿勢になっていて、横から見ると棚引く雲の尻尾が見えます。
―何でできていますか?
木を彫って作っています。木はヒノキなどの針葉樹が使われています。
目は玉眼(ぎょくがん)です。ガラスを入れて、人間の瞳のように作っています。
後光を表す光背(こうはい)は金属でできています。この地蔵菩薩のために作られたものではなく、他の像(文殊菩薩であろう)からの転用と思われます。
―どれくらいの大きさですか?
頭から足までが60㎝ぐらいです。
―誰が作りましたか?
快慶が作りました。
―快慶は聞いたことがあります。どんな人ですか?
快慶は鎌倉時代を代表する仏師で、運慶とともに東大寺南大門にある仁王像の制作にも関わっています。
快慶の作った仏像は多く残っていますが、快慶自身の生没年や出身など個人的な情報はほとんど明らかになっていません。
―快慶と運慶の作風の違いはあるのですか?
快慶は平面美を追求し、繊細な美しさにこだわりました。
運慶は塊のような力強い造形が特徴です。
―いつ作られましたか?
地蔵菩薩の足裏に、台座(蓮台)に固定するための突起(枘)があります。そこに、「巧匠 法眼快慶」と署名があります。
法眼(ほうげん)は仏師(仏像を作る人)や絵師などに与えられた位です。僧侶の位に準じています。
快慶の法眼位は1208年~1227年頃の間と考えられていますので、地蔵菩薩像はこの期間に作られたと考えられています。
―快慶がひとりで作ったのですか?
快慶ひとりではなく、工房で制作したものです。
もう片方の足裏にある突起(枘)に「開眼 行快」の署名があり、快慶の弟子行快(ぎょうかい)が、玉眼を担当したと考えられます。
―どこにあったのですか?
明治39年に奈良の興福寺にあったことが、古い写真から分かっています。この写真が興福寺伝来の根拠となり、重要文化財指定の決め手となりました。
ただ、作られた当初から興福寺にあったかどうかは分かっていません。快慶が造像にかかわった、奈良の他の寺にあった可能性もあります。
文化財用のCTスキャンで胎内に巻子状のものと長方形の紙を束ねたものが納められていることが分かっています。これらには新たな情報が記されている可能性があります。
―色がきれいですが、塗り直したのですか?
厨子(ずし)に入っていたのか、色がきれいに残っています。
この彩色は快慶が作った時のままで、修理等で塗り直していません。
日本画と同じような顔料で彩色されています。
―よく見ると着衣の上に金の模様がありますね。
金箔を糸のように細く切り、膠(にかわ)という動物の皮や骨などを煮詰めて作った接着剤で貼り付けながら文様を表現する截金(きりかね)技法が使われています。
普通は見ることのできない背中にも截金が施されています。
―なぜ藤田美術館にあるのですか?
廃仏稀釈で荒廃した興福寺が、明治時代に復興を目指して破損仏を売却した際に含まれていました。益田鈍翁(どんのう)が一括購入したものの内の一体と思われていますが、正確な経緯は分かっていません。第31回の千体仏と同様です。
―こちらも破損仏なのですか?
完全な姿に見えますが、宝珠を載せる左手の手首から先が欠損していたため、破損仏として扱われたようです。
―一言でいうと?
着衣の橙色と緑色のコントラストが効き、その上に截金の金が輝きを添えています。小柄ですが気品のある、とても美しい像です。
春日大社の三宮は、雲に乗り人々を救済する地蔵菩薩として表現され、奈良で信仰を集めました。
今回の作品:重要文化財 木造地蔵菩薩立像 (もくぞうじぞうぼさつりゅうぞう)
時代 鎌倉時代 13世紀
作者 快慶
彩色と金箔で装飾された美しい像で、興福寺に伝来しました。足に「巧匠法眼快慶」と「開眼行快」の墨書銘があり、快慶と弟子行快によって1208年から快慶が没したと考えられる1227年の間に作られました。蓮台の周囲にしっぽのある雲が作られ、像が前傾姿勢であることから、地獄へ落ちたものを救う来迎形であることが分かります。
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
前野絵里
藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。