―これは?
升形の青い紙を2枚継いだような長方形の紙に、一首の和歌が仮名で書かれた作品で、掛軸になっています。
―色紙という名前ですが、今の色紙とは違うのですか?
中央に縦線があり、正方形に近い形の紙を二枚横に並べたように見えることから、継色紙(つぎしきし)と呼ばれています。
もともとは冊子(本)だったものを、糊を剥して解体し、見開きの状態で掛軸に仕立てています。
中心の線が見開きページの中央になります。
―冊子だったのですね。
『古今和歌集』や『万葉集』などから選び出した和歌を書いた冊子でした。
紙の表を内側にしてふたつに折り、折り目の外側に細く糊を付けて貼り合せる「粘葉装(でっちょうそう)」という方法で製本されていました。
和歌は紙の表側(ふたつ折りの内側)にのみ記しました。
この作品の紙は萌黄色ですが、他には白、紫、藍や黄色など様々な色の紙が用いられています。現在、和歌36首分が現存しているようです。
―これは仮名ですか?
見慣れない文字ですが、これも漢字から派生した仮名文字です。
平安時代中頃の仮名の姿のひとつですが、古様な字体で、他にあまり例のない書き方です。この時代の書体とは大きく異なり鋭い筆線が特徴です。仮名と言えば、優美で華やかな印象がありますが、その対極にあるような文字です。
―紙の左右に分けて書いたり、少しずつ書いては改行していますね。
「散し書き」という書き方です。行頭、行の長さ、行間、文字の大きさを敢えて揃えずに書く方法です。歌の上句を右に、下句を左に書写しています。紙の中にどのように文字を配置するかなど、空間の取り方が意識されています。この場合は用紙の右側の文字を左側よりも意識的に大きく書き、中央を大きくあけています。
文字が古様であるため10世紀の書写と考えられますが、独特の感性を持った散し書き等の理由から11世紀の書写ではないかとも言われています。
―いつ冊子から掛軸になったのですか?
加賀藩の支藩である大聖寺藩を治めた前田家が明治39年まで冊子として持っていたと言われています。
藤田家の記録では、明治43年の秋に故あって同好の諸氏に分配したと記されています。
ただし、一般には明治39年に分割されたとされています。また、この分割以前でも冊子から分かれたものがあるようです。
―どんな和歌が書いてありますか?
「つくばねの このも かのおもに かげはあれど 君がみかげに ますかげはなし」
『古今和歌集』巻第20にある「東歌」の中の「常陸歌」で、詠んだ人は分かりません。
(歌番号1095)
右側 つくはねの / このも / かのおもに / かけは / あれと
左側 きみか / みかけに / ますかけ / はなし
―歌の意味は?
筑波山には、あちこちに木陰があるけれど、御君にまさるような蔭はありません。
(わが君のお恵み以上のかげはありません。)
―誰が書いたのですか?
小野道風(894~964)が書いたと言われています。
小野道風は、藤原佐理(944~998)、藤原行成(972~1028)とともに平安時代中頃の書の上手な人トップ3と言われています(三蹟)。
平安時代初期のトップ3は嵯峨天皇、空海、橘逸勢(たちばなのはやなり)です(三筆)。
―「伝 小野道風 筆」の「伝」とは?
伝承筆者(または伝称筆者)という意味で、言い伝えられてきた筆者名です。
「伝」と付いた場合、本当の筆者ではない場合が多いですが、この作品の場合は小野道風が本当に書いたとする説もあります。
―(藤田家では)お茶会に使ったのでしょうか?
記録は残っていませんが、使われたかもしれません。
記録といえば、この作品を掛軸に仕立てるにあたって、面白い記録があります。それは、作品を貼った台紙の周囲を囲んでいる、刺繍のある裂についてです(上の画像参照)。
実は、収蔵している別の水墨画の掛軸に使われていた裂を外して、継色紙に使ったとのメモが残されていました。刺繍の美しい裂が、水墨画よりも継色紙に相応しいと判断したことが分かります。
今回の作品: 重要文化財 継色紙(つぎしきし)
1幅
時代 平安時代 10~11世紀
作者 伝 小野道風 筆
升形の青い紙を2枚継いだような長方形の紙に、一首の和歌が散らし書きにされています。もともと粘葉装の冊子でしたが、糊を剥して解体し、掛軸装にしました。行頭を揃えない散らし書きで上句を右に、下句を左に書写しています。文字が古様であるため10世紀の書写と考えられますが、独特の感性を持った散らし書き等の理由から11世紀の書写ではないかとも言われています。
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
前野絵里
藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。