ART TALK

ART TALK_05 | 曜変天目茶碗と美術館

河野元昭さん(静嘉堂文庫美術館 館長)

 

静嘉堂文庫美術館、大徳寺龍光院、藤田美術館がそれぞれ所蔵する、世界に3碗しか存在しない曜変天目茶碗。すべて国宝に指定されているこの3碗が、2019年4月13日から5月19日まで、奇跡的に同時期に公開されました。これを記念して、藤田館長がそれぞれの所蔵館を訪ねるART TALK特別編をお届けします。まずは、別名「稲葉天目」と呼ばれる曜変天目を所蔵する静嘉堂文庫美術館を訪ね、河野元昭館長とともに、美術館にとっての曜変天目茶碗について語り合いました。

 

敷地内の静嘉堂文庫前にて、河野館長(左)と藤田館長(右)。この洋館は、ジョサイア・コンドルの指導を受けた櫻井小太郎による設計で、1924年に完成した
敷地内の静嘉堂文庫前にて、河野館長(左)と藤田館長(右)。この洋館は、ジョサイア・コンドルの指導を受けた櫻井小太郎による設計で、1924年に完成した

 

 

曜変天目3碗同時期公開のインパクト

 

藤田 清(以下藤田) 私ども藤田美術館の曜変天目は、奈良国立博物館での展覧会「国宝の殿堂 藤田美術館展 曜変天目茶碗と仏教美術のきらめき」(4月13日~6月9日)で展示をしています。静嘉堂文庫美術館さんでも、「日本刀の華 備前刀」(4月13日~6月2日)で特別展示されていますね。そして、信楽のMIHO MUSEUMでは「大徳寺龍光院 国宝 曜変天目と破草鞋」(3月21日~5月19日)が開催され、ここでも曜変天目が展示されました。つまり、4月13日から5月19日までの約1ヶ月間、世界に現存する3碗が同時期に公開されるということで大いに話題になりましたが、河野館長はこのことを早くからご存知でしたか?

 

河野元昭(以下河野) これはね、まったくの偶然だったんです。

 

ART TALK_05 | 曜変天目茶碗と美術館 | 河野元昭さん(静嘉堂文庫美術館 館長)

 

河野 静嘉堂文庫美術館では、これまでは1年に4回企画展を行い、そのうちのテーマにもっともふさわしい回で曜変天目を展示してきました。つまり、1年に1回ということですね。ですが、今年度より、企画展を年5回に増やし、そのうちの3回の展覧会で曜変天目を特別展示しようということにしたのです。そのため、ちょうど藤田美術館さんと大徳寺龍光院さんの展示と同時期に展示することになりました。

 

藤田 これまで通り1年に1回の展示だったとしたら、3碗同時期展示は実現しなかったということでしょうか。

 

河野 そうなのです。今回の展示のテーマは「日本刀の華 備前刀」。もし1年に1回だとしたら、別のテーマの展覧会で展示していたのではないかと思います。もっとも、昨今の刀剣ブームを牽引している「刀剣乱舞」のアニメ作品に曜変天目が登場するそうなので、共通点がないわけではないようですが。

 

藤田 奈良国立博物館さんで「藤田美術館展」を開催するにあたり、「仏教美術を中心とした展示を考えているけれども、やはり曜変天目茶碗は展示したい」というお話が昨年ありました。その直後、私立美術館会議という私立の美術館だけの連絡会で、静嘉堂文庫美術館、MIHO MUSEUMのそれぞれの方から、実は2019年の春に曜変天目を展示する、というお話を伺いました。

 

ART TALK_05 | 曜変天目茶碗と美術館 | 河野元昭さん(静嘉堂文庫美術館 館長)

 

河野 大徳寺龍光院さんの所蔵品は、これまでほとんど公開されていませんでしたから、熊倉さん(熊倉功夫さん、MIHO MUSEUM館長)の大功績ですね。

 

藤田 大徳寺龍光院さんはいわゆる観光寺院ではないので、一般の方の目に触れるチャンスがもっとも少ないですものね。MIHO MUSEUMさんは今回の展覧会で、朝から駐車場に車を停めるのにも待ち時間が必要なほどの混雑だそうです。静嘉堂文庫美術館さんは普段の展覧会と比べていかがですか?

 

河野 私はこの展覧会のオープニングの時期に、ちょうどニューヨークに行っていたのですが、最初の週末からかなりの来館者があったと連絡がありました。やはり曜変天目の注目度は高いです。

 

 

国宝 曜変天目 中国・南宋時代(12~13世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵 【全期間展示】
国宝 曜変天目 中国・南宋時代(12~13世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵 【全期間展示】

 

藤田 藤田美術館にとって、曜変天目茶碗というのは、とくに特別なものとして扱わず、ほかの所蔵品と同様の位置付けなのですが、静嘉堂文庫美術館さんでは、どのようにお考えでしょうか。

 

河野 私は質量主義と呼んでいるのですが、美術館は、質のよい作品を並べて、たくさんのお客様に見ていただく、その両輪を大切すべきだと考えています。そいう意味で、曜変天目というのは、知名度があり、たくさんの人が見に来てくださる大切な作品だと考えています。

 

 

ART TALK_05 | 曜変天目茶碗と美術館 | 河野元昭さん(静嘉堂文庫美術館 館長)

 

 

海外からの日本美術へのまなざし

 

藤田 さきほどニューヨークに行かれていたとおっしゃいましたが、メトロポリタン美術館での展示のためですか?

 

河野 そうです、よくご存知ですね。メトロポリタン美術館の展覧会「THE TALE OF GENJI: A JAPANESE CLASSIC ILLUMINATED」(3/5〜6/16)に、静嘉堂文庫美術館が所蔵する国宝7件のうちの一つ、俵屋宗達の〈源氏物語関屋澪標図屏風〉が展示されまして、コロンビア大学でシンポジウムが開かれ、レクチャーをしてきました。

 

藤田 反応はいかがでしたか?

 

河野 大変優れた展覧会でしたね。人気も高く、シンポジウムもほぼ満席で盛り上がりました。アメリカの日本美術熱というのはどんどん高まってきているという印象です。

 

藤田 日本人作者の絵画などは日本美術として理解されやすいと思うのですが、実際は藤田美術館の所蔵品のように、曜変天目茶碗をはじめ、中国や韓国からの伝来品も多くあります。そのあたりを理解してもらうことがとても難しいと感じています。

 

河野 現代の曜変天目作りに挑戦していて、フランス式の人間国宝にも選出されているフランス人陶芸家のジャン・ジレルさんが、以前、静嘉堂文庫美術館にいらしたことがありました。曜変天目を目の前にしたら感激していきなり泣き出してしまってね。その時、取材で同行していたフランスのテレビ局の記者から、「これは中国の焼物なのに、なぜ日本で国宝になっているのか」と質問されたのです。私は「日本には、生みの親より育ての親」という言葉がある、と答えました。生んだのはもちろん中国の建窯で、南朱の宮廷でも賞玩されていたことも近年わかったのですが、それを輸入して、大切に保存し、価値を高めて育ててきたのは日本人である、と。うまく理解してもらえたかどうかはわかりませんが。

 

藤田 日本の美術はその点が難しいというか、特徴でもありますね。日本でどれほど重用されてきたかが重要で、どこで作られたかではない、という。

 

河野 そうですね。曜変天目は世界に3碗しかないのに、それが全部日本にある。どうしてこういうことが起きたのでしょう。本来であれば北京、あるいは台湾の故宮博物館に1碗2碗あるはずです。その理由のひとつとして、現在はあまりに美しいから曜の字を当てているけれども、本来は窯の中で変じた窯変であるということが考えられるかもしれません。中国の焼物というのは、白磁でも青磁でも、人間が考えて、完全にその通りのものを作るということをよしとしています。日本のように、釉薬が垂れたりヒビが入ったり変形したものを愛でるという焼物観ではありませんよね。唯一、唐三彩は釉薬が垂れたりしているけれども。曜変天目に関しては、日本人のほうがより長い間、あの美に酔いしれてきたということはまぎれもない事実です。

 

藤田 そうですね。日本の美術には、そのものがどういう歴史を辿ってきたかということに価値を見出し、そこに日本の文化が詰まっているように思います。

 

河野 おっしゃる通りです。藤田美術館の所蔵品も、静嘉堂文庫美術館の所蔵品も、みな名品と呼ばれるものです。名品は、もちろん絶対的な、客観的な価値と、作者が誰か、ということも大切です。加えて、誰が注文し、誉め、伝えてきたかということも大きな条件ですね。藤田美術館さんは藤田傳三郎さん、平太郎さん、徳次郎さん、静嘉堂文庫美術館なら岩﨑彌之助と小彌太の主観的な価値も加わります。

 

藤田 時間軸が付随するというか、歴史的な価値が加わるというところが、日本美術の面白いところですね。

 

河野 だからこそ、所蔵館に足を運んで見ていただくということがとても大切だと思っています。この場所には、約12万冊の漢籍と約8万冊の和書、合計20万冊の蔵書を持つ静嘉堂文庫と、国宝7件、重要文化財84件を含む、約6500件の所蔵作品を持つ美術館があります。1892年、彌之助が神田・駿河台に初めての文庫を設立し、彌之助の三回忌にあたる1910年にこの場所に廟を造りました。17回忌にあたる1924年に櫻井小太郎設計の洋館を建てて蔵書を収め、文庫設立から100周年にあたる1992年に現在の美術館を建てたのです。このように歴史を宿したこの場所で作品を観ていただくことで、より深く理解していただけるのではないかと思います。

 

 

これからの美術館

 

藤田 静嘉堂文庫美術館さんと藤田美術館は、明治時代に活躍した実業家によるコレクションを基にした美術館の成り立ちや、作品を借りずに所蔵品のみで企画展を行うという展覧会の方法など、共通点が多くあります。より多くの人に足を運んでもらうために、今後どのような展開をお考えでしょうか。

 

河野 私は、美術館にとって大切なのは4つのGだとよく話すんです。一つは、学芸員。これはいちばん大切。もう一つは、ギャラリー。いい建物で、いい照明のもと、いい作品を並べる。次に、グッズ。他では買えない、洗練されたミュージアムグッズを用意する。そして最後に、グルメです。残念ながら、ここは館内にカフェやレストランがないだけでなく、周辺が住宅街なので、お店がほとんどないのです。

 

藤田 最寄駅の二子玉川まで行けば賑やかですが…。

 

河野 そこまでバスで約10分。徒歩ですと約25分かかります。でもね、昨年と今年は、ゴールデンウィークの期間中、庭にキッチンカーを出してビアガーデンを開催し、そこで「ふたこエール」という、いわゆる地ビールを提供しました。大変評判がよかったので、また企画できたらいいなと考えています。

 

藤田 それは楽しそうですね。藤田美術館のリニューアルについても、若い人をはじめ、これまで来てもらっていなかった人への入り口として、展示室とは別に有機的に使えるスペースを作って、そこでさまざまなイベントをやりたいなと考えているところですので、参考にさせていただきます。本日はありがとうございました。

 

ART TALK_05 | 曜変天目茶碗と美術館 | 河野元昭さん(静嘉堂文庫美術館 館長)

 

静嘉堂文庫美術館

東京都世田谷区岡本2-23-1
TEL 03-5777-8600(ハローダイヤル)
午前10時〜午後4時30分(入館は午後4時まで)
月曜休館(月曜日が祝日の場合は開館し、翌火曜日休館)
* 展覧会期間以外は休館。常設展示はありません。
* 「日本刀の華 備前刀」展 6月2日まで
入館料:一般1000円、大高生700円、中学生以下無料
http://www.seikado.or.jp/

 

河野元昭(こうのもとあき)
1967年東京大学文学部美術史学科卒業後、東海大学教養学部専任講師、東京国立文化財研究所文部技官、名古屋大学文学部助教授、東京大学文学部教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授を歴任。定年退職後、秋田県立近代美術館館長、二本松学院京都美術工芸大学学長を経て、2015年より静嘉堂文庫美術館館長に。東京大学名誉教授。

 

藤田清(ふじたきよし)
1978年藤田傳三郎から数えて5代目にあたる藤田家五男として神戸に生まれる。大学卒業後、2002年に藤田美術館へ。2013年に館長に就任。現在は、2022年の美術館リニューアルに向けて準備中。

ART TALK