ART TALK

ART TALK_02 | 受け継ぐもの、伝えていくもの

樂 篤人さん(陶芸家・樂家 次代)
戸田貴士さん(戸田商店 次代)

右から、樂 篤人さん、戸田貴士さん、藤田 清館長
右から、樂 篤人さん、戸田貴士さん、藤田 清館長

 

千利休の「侘び茶」大成の象徴といえる茶碗をつくった初代・長次郎から数えて16代目にあたる樂 篤人(らく あつんど)さん。樂茶碗の名品を数多く所蔵する藤田美術館とは深いご縁があります。一方、戸田貴士さんは、江戸時代から続く、現存するもっとも古い茶道具商のひとつ、戸田商店の13代目。藤田美術館とは、藤田傳三郎の頃からのお付き合いです。ともに長い歴史を背負い、個性的な父・当代の跡を継ぐ立場にあるお二人と藤田美術館館長とで、受け継いだ伝統への思いと、次世代へ伝えていくためのビジョンを語り合います。京都の樂家に隣接し、樂家歴代作品を中心に展示する樂美術館にお邪魔しました。

 

 

父たちの背中を見て“美の目線”を意識した

藤田 清(以下藤田) 今日は、藤田美術館のコレクションのなかでも重要な位置を占める樂茶碗の伝統を受け継ぐ樂 篤人さんと、傳三郎の代からお世話になり、公私ともに親しくさせていただいている戸田商店の戸田貴士さん、私の3人で話をさせていただきます。作る側、扱う側、それぞれ立場は違えども、お二人とも長い歴史を背負う立場にあります。いつ頃からそれを意識し始めたのでしょうか。

 

戸田貴士(以下戸田) 初代から数えれば、もちろん長い歴史や伝統ということになるんでしょうけれど、具体的にはやはり、父の背中を見て、ということになるのだろうと思います。僕と篤人くんとの関係性でいうと、僕らの父(戸田 博さんと樂 吉左衞門さん)がお互いに仲が良くて、家族ぐるみで旅行に行ったりしていましたよね。旅館のロビーに家族で集まって、明け方までアートの話で盛り上がったりしていた。中学生の頃だったと思いますが、僕にとってはそこが原点なのかなと思います。

 

戸田貴士さん
戸田貴士さん

 

樂 篤人(以下樂) お互いの専門であるお茶道具とは違う分野の、プリミティブアートの話で盛り上がったりしていましたよね。僕もそこで父と貴士さんのお父さんを見ながら、小さいながらに“美の目線”を意識しはじめたかもしれません。

 

樂 篤人さん
樂 篤人さん

 

戸田 中学生だった僕らにとっては、まだ自分たちがこれからどういう仕事をしていくのかということはあいまいでしたが、どことなく父の後を追いかけるような気がしていましたね。

 

樂 そうですね。親からはあまり言われませんでしたが、幼稚園の頃から周囲の人々に「あなたは跡継ぎ」と言われてきたので、実際に何をするのかは漠然としながらも、よくわからないプレッシャーだけは感じていました。きっと自分はその運命というか宿命というかに向き合わなければあかんのやろなと、ふんわり感じていました。

 

藤田 そのふんわりした気持ちと実際に向き合ったのはいつ頃ですか?

 

樂 実際には、大学卒業のときだったかもしれません。大学入学前の浪人中に、イタリアとフランスに1ヵ月半くらい行ったことがあったのですが、ミラノでは、彫刻家の日本人のかたのお宅にお世話になりました。その先生が2〜3年前に日本で展覧会を開かれた際にご挨拶に伺ったのですが、「君、家を継いでお茶碗を作っているの!?」とびっくりされたんです。なぜそんなことをおっしゃるのかときょとんとしていたら、「君はものすごく強い目で、自分は絶対に家は継がないって言っていたよ、あの時の形相からいったら、きっと継がないんだろうなと思った」と言われて。自分では覚えていなかったんですよね。父との距離感や、家を継ぐことへの気持ちには波があったように思います。

 

戸田 篤人くんのそういう、波が上下している様子は、父から聞いたりして、何となく感じていました。でも、2016年の佐川美術館の展覧会(吉左衞門X 樂吉左衞門 樂篤人 樂雅臣 —初めての、そして最後の親子展—)で篤人くんの作品を初めて拝見して、結果的に、やっぱりこうして受け継がれていくんやなって、いたく感動しました。

 

樂 貴士さん、貴士さんのお父さん、それにお家元関係のかたがた。皆さんに自分を育ててもらっているというか、とても有難いことです。

 

戸田 とはいえ、僕らはそう頻繁にコミュニケーションを取っているわけではないんですよね。伝統のこととか、跡を継ぐことについて、改まって話をすることもないし。

 

藤田 僕はまた違う形で美術と関わっているので、客観的に、二人とも大変だな、と思ったりもします。でもちょっと羨ましいな。

 

藤田館長
藤田館長

 

戸田 羨ましい(笑)?

 

藤田 お父さん同士からの長いお付き合いがあって。

 

樂 確かに、ものを見るということに関しては、有難いですよね。たとえば先日、父が樂茶碗の特徴である手捻りではなく轆轤で井戸形の茶碗を作ったのですが、手捻りよりも早く作れる分、個数を焼いて、その中からいいものを選ぼうというやり方をしたんです。たくさん見ていると、どれがいいのかがわからなくなってきて(笑)。ちょうどそこに貴士さんのお父さんがいらして、父と二人で物を見ていると、「これいいな」っていうところが共通しているんですよね。「ここのこの感じやぞ」みたいな。

 

藤田 それはもう、感覚というか。難しいですよね。言葉にできない。

 

樂 数値で表せるものでもないし。

 

戸田 その感覚は、父同士はすごく合っているんだなと思います。ワイン飲んで、突然パスタ作り始めたりとか、そんな感じですけれど(笑)。

 

藤田 僕も戸田さん、樂さんのお父さんには色んなことを教えていただいています。美術館の仕事に関わり始めた頃は、戸田商店さんでは、おじいさんの鍾之助さんがまだお元気で、本当によくしていただきました。お父さんの博さん、貴士さんと三代にわたるお付き合いです。その繋がりから、樂さんのお父さんにも、美術館で講演をしていただいたりしてお世話になっています。まだ20代の頃、用事でここに伺ったとき、お父さんにお茶室に呼んでいただいたことがあります。お茶を点ててくださったんですが、今までケース越しにしか見たことがなかった本物の15代吉左衞門の茶碗だ! 本物だ!ってすごく緊張して、どこから飲もうかな…と、口に出すか出さないかのタイミングで当代に「なんかこれ、どこから飲んだらいいんですか?とか聞く人がいるんだよね〜!」って言われて(笑)。危なかった(笑)。「好きに飲んだらいいよ」って言ってくださいました。

 

樂 読まれてましたね(笑)。

 

藤田 でもすごくいい経験というか、楽しい思い出ですね。

 

 

言葉にならないことを、伝えていく

 

ART TALK_02 | 受け継ぐもの、伝えていくもの

 

藤田 篤人さんは、樂家の長い歴史の全部を受け継ぐというという感覚ですか? それともその中から自分で受け継ぐものを選ぶという感じでしょうか。

 

樂 うちは初代長次郎が中心にいて、樂茶碗はそこでおそらく完成しているように思います。ですから歴代がそれぞれ初代と向き合うという形が基本なのかなと。2代目常慶とともに茶碗をつくった本阿弥光悦がいたり、3代目でノンコウが出て意識をガラッと変えたり、もちろん父であったりと、それぞれ樂の新しい形というか、自分自身の作品を生み出したというところが特徴なのだろうと思います。僕自身も、初代を意識の中心に据えながら、歴代にはない、自分自身のオリジナルの作品を作っていきたいと考えています。周りの方々からはよく「お父さん超えなあかんで」とよく言われますし、父の作品をいちばん数多く見ていますので、知らず知らずのうちに引っ張られている部分はあると思うのですが、そこはあまり考えないようにして、あくまでも初代長次郎とどう向き合うかというところに自分を置いています。

 

樂家の玄関にかかる暖簾の書は、本阿弥光悦から2代常慶に贈られたもの。
樂家の玄関にかかる暖簾の書は、本阿弥光悦から2代常慶に贈られたもの。

 

戸田 篤人くんも僕もまだ跡を継いでいないですし、まだ固まっていないところがあるので、だからこそというか、これからやりたいことを色々考えています。篤人くんにも色んなことをやっていただきたいですね。もちろんリニューアルする藤田美術館に対しても、篤人くんが追いかけていることをぶつけてもらえたらいいなと思います。

 

藤田 そういう場所を作りたいですね。守り、伝えていかなければならない美術品を見ていただくだけでなく、どう楽しんでもらうかということを考えていきたいです。これまでの美術館は、美術品との距離があまりにも遠いので。

 

樂 そうですね。日本ではとくに。

 

藤田 新しい美術館では、美術品に触れることはできないまでも、気持ちが触れられる、同じ空間にあることを実感できるような展示にしたいと思っています。篤人さんにもぜひ何かやっていただきたいです。

 

戸田 僕らの世代以降は、日本文化をきちんと教えてもらっていないと思うんです。日本人なのに躙り口を躙っていない人も多いですし、お茶室に入ると、なぜか外国人のように緊張するという。僕らの立場を考えると、すでに次の世代に伝えていくことを考え始めてもいいのかなと思っています。美術館というのは、次の世代に何かを伝えるのにいちばん適した場所ですし。

 

樂美術館館内。
樂美術館館内。

 

藤田 こわばらずに、リラックスして美術品を見て欲しい。ニコニコしながら見て、楽しい話ができればいいということをまず知ってもらいたいですね。それはもう、私たちの責任だなと思います。そういう環境を作っていかないと。

 

戸田 日本美術って何? 樂って何?っていう人を減らしていくということが、ある意味、夢なのかなと思います。西洋美術については気軽に「好き、嫌い」と言えるのに、日本美術はそうした感想を持つことも難しい。つまり、無意識のうちにある程度、西洋美術については教育を受けているということですよね。日本美術については、そこまで教えられていない。

 

藤田 日本美術に対しては、間違ってしまうと恥ずかしいという意識が強く働くのかもしれませんね。間違っていてもいいと思うのですが。

 

樂 僕らの周囲には、気軽にあれいいね、これいいね、と感覚的に話せる環境があるのですが、一般的には身近ではなくなってしまっているので、どうしても敷居が高くなってしまって。

 

藤田 構えてしまうところがありますね。本当に、ご飯がおいしいな、この服かっこいいな、という感覚の延長線上にあるものだと思うのですが。

 

樂 その距離感を少しでもやわらげるために、美術館に何ができるのかということは、うちの美術館でも大きな課題でもありますね。

 

藤田 そうですね。篤人さんは、作る立場でもあるけれど、この樂美術館で見せる立場でもある。

 

樂 それこそ、本当は触って欲しいのですが。

 

戸田 そこがすべての課題ですよね。でも樂美術館では、親子で作品に触れられるお茶会など、さまざまな試みをされていますね。

 

樂 そうですね。加えて、夏は、展示室にふいごを置いて、土を見せたりという展示をして、会期中に無料で手捻りを教える日を設けています。7年くらい通い続けてくれている女の子がいます。

 

戸田 子どもの頃から土に触れるのは本当に大事だと思います。藤田美術館も、子どもたちをどう受け入れるかということを考えていけるといいですよね。たとえばアンパンマンミュージアム。うちの子もよく行くのですが、生まれたときからテレビでアニメが流れていて、キャラクター商品として身の回りにたくさんあって、生活の一部になっている。だからアンパンマンミュージアムにも行きたい、という風になるんだと思います。それを芸術、日本文化に少しでも置き換えられたら、子どもたちにとって美術館に足を運ぶことが自然になり、行くのが楽しみになるのではないかと思います。そういうところから、少しずつ変えていきたい。リニューアル後の藤田美術館では、そういう意味でもこれからももっと色々できるのではないかと思っています。

 

藤田 新しくできる美術館の「広場」で篤人さんに手捻りをしてもらうとか。まずは、生活圏内に美術館があるということを知ってもらって、その空間に入ることに違和感を感じないようにできればいいなと思います。生活の一部として気軽に楽しめるように、開かれた空間にしていきたいですね。

 

樂篤人(らくあつんど)

1981年、陶芸作家として国内外で高い評価を得ている15代当主の樂吉左衞門の長男として京都に生まれる。東京造形大学造形学部美術学科(彫刻)卒業後、京都市伝統産業技術者研修・陶磁器コース修了。イギリス留学を経て、2011年に樂家にて作陶生活に入る。篤人を名乗るほか、吉左衞門襲名前の「惣吉」の花押を父から預かる。

 

戸田貴士(とだたかし)

1981年、谷松屋一玄庵の12代目、戸田博氏の長男として大阪に生まれる。3年間のフランス留学を経て、2003年に江戸時代から続く茶道商谷松屋戸田商店に入社。現在は同社の代表取締役副社長。

 

藤田清(ふじたきよし)

1978年、藤田傳三郎から数えて5代目にあたる藤田家五男として神戸に生まれる。大学卒業後、2002年に藤田美術館へ。2013年に館長に就任。現在は、美術館リニューアルに向けて準備中。

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