八木 保さん(アートディレクター) | 藤田美術館 | FUJITA MUSEUM

藤田美術館は2022年4月にリニューアルオープンします。

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ART TALK

八木 保さん(アートディレクター)

ART TALK_08 | アートとデザイン

 

八木 保さん(左)と藤田清館長(右)。大阪市内にて対談。
八木 保さん(左)と藤田清館長(右)。大阪市内にて対談。

 

1984年、アメリカのアパレルメーカーのアートディレクターとして渡米後、サンフランシスコ、ロサンゼルスを拠点に世界中で活躍する八木 保さん。アメリカンカルチャーの中心で長く過ごされ、現代アートに造詣が深く、ジャン・プルーヴェ、シャルロット・ペリアンなど、家具のコレクターでもある八木さんに、アメリカから見た日本美術について、アートとデザインの関係についてなどお話を伺いました。

 

 

アメリカで、日本のよさを知る

 

藤田 清(以下藤田) 八木さんにお目にかかったきっかけは、実は仕事ではなく、僕が通っていた美容師さんからの紹介でした。3〜4年前でしょうか。「清、お前、アップルストアって知ってるか? アップルストアのコンセプトショップをデザインした人だぞ」って言われて、ええっ!?って(笑)。

 

八木 保(以下八木) そうですね。その彼も、人を介してではありますが、突然お電話をいただいて、アトリエに遊びにみえたんですよ。

 

藤田 お話しさせていただくうちに、共通の知り合いが多いことがわかってきました。八木さんのインスタグラムを拝見していたら、ちょうど同じ時刻に同じお店で、同じメニューを友人がアップしていて、連絡したら「今一緒だよ」とか(笑)。ちなみに、スティーブ・ジョブズ氏とは、どういった経緯でお知り合いになられたんですか?

 

八木 最初に会ったのは、サンフランシスコで僕の友達がやっている日本の古美術を中心に販売しているアンティークショップ。彼は日本の骨董にとても興味があり、そこによく来ていました。瞑想のときに使う和ろうそくもそこでまとめ買いしていましたね。

 

藤田 それは、いつ頃ですか?

 

八木 ちょうど、彼がアップルを最初に辞めて、ネクストという会社を立ち上げた頃です。彼にその会社に来ないか、と誘われましたが、いろんな事情がありお断りしました。いつか一緒に何か仕事をしよう、という話をしました。

 

藤田 それがアップルストアコンセプトショップのデザインに繋がるんですね。

 

 

八木 そうですね。彼は本当に日本の文化が好きで、日本の様式をデザインに活かせないか、なんてことをよく言っていました。僕をアメリカに呼んだ「エスプリ」のオーナーも日本が大好きでしたね。アメリカに移住する前にサンフランシスコの彼の家に遊びに行ったら、広大な洋館のフロアがすべて白木で、玄関には靴を脱ぐように注意書きがあって、椅子がないんです。すべて床座。で、目の前にフランシス・ベーコンのトリプティック(3連作)のすごいのなんかが飾られていて。

 

藤田 それはすごいですね。いいなあ!

 

八木 そこにはスティーブ・ジョブズもよく遊びに来ていたそうです。

 

藤田 80年代のアメリカでは、日本の文化はそれほど一般に知られてはいませんでしたよね。

 

八木 寿司、刺身なんてまだ誰も食べる人がいなかった時代ですね。でも彼らは、ナイフとフォークで食べる西洋の食事よりも、お箸を2本使って食べる日本食のほうがいかにデリケートでヘルシーかということを知っていました。

 

 

藤田 感度の高い人、例えばクリエイターのような方々のアンテナには引っかかっていたという感じでしょうか。

 

八木 加えて、投資家や企業家などのハイエンドの人々ですね。彼らは禅、侘び・寂びといった日本文化に熱狂していました。さきほどお話ししたエスプリのオーナーは、1982年代官山に「エスプリハウス」という400坪くらいの家も持っていたんですよ。建物は倉俣史朗さんがリノベーションしてね。そのくらい、日本が好きだったんですね。日本の印刷のクオリティがいいからといって、京都にある印刷会社に、当時名刺から何からすべて発注したりもしました。

 

藤田 エキゾチックという言葉では片付けられない捉え方をされていたようですね。

 

八木 エキゾチックというよりは、コスモポリタンという感覚ではないでしょうか。エスプリのオーナーは、毎年スタッフそれぞれに世界各国で選んできたクリスマスプレゼントを贈ってくれたんですが、ある年、桂離宮の写真集が僕に渡されたんです。「君の国にはこんなに美しい建物があるんだよ」と。僕は1984年にアメリカに行くまで、書よりもアルファベットの活字が好きで、京都を訪ねたこともなかったくらい、頭の中身が100%海外に向いていましたから、アメリカ人に、逆に日本のよさ、美しさを教えてもらったといえます。

 

 

コレクションの愉しさ

 

藤田 八木さんご自身は、日本美術の骨董などは集めていらっしゃらないですか?

 

八木 僕は日本の骨董は、あまりいいものを持っていないんです(笑)。ジャン・プルーヴェやシャルロット・ペリアンなどの、フランスのミッドセンチュリーの家具にはまってしまって、コレクションしています。’90年代のはじめにパリに行ったときに見つけて、アメリカに戻ってから少しずつコレクションを始めました。ジャン・プルーヴェの「カンガルー・チェア」なんか、今ではものすごい価格になっているけれど、1990年代までは手に入れやすかったんです。あとは、シャルロット・ペリアンのキャビネットですね。彼女はル・コルビュジエの元で一緒に働いていた坂倉準三の紹介で1940年に来日して、柳宗理らと一緒に日本中を指導して回ったのね。それで彼女自身も日本の伝統的な意匠や暮らしに感銘を受けて、代表作のそのキャビネットは、修学院離宮の霞棚からインスパイアされたといわれています。面白いのは、フランスでは、サビサビのボロボロの状態のままで売られているんだけれど、ニューヨークに家具が渡ればピカピカな状態で売られている。好みなんでしょうね。

 

藤田 アメリカでも、サビやヤレを好む方もいるように思いますが、いかがですか?

 

 

八木 それはあるかもしれませんね。車やギターなんかでも、古いものが好きな連中がいっぱいいますよ。ル・コルビュジエのテーブルなんかもね、30年も使っていれば、コーヒーカップの輪じみなんかが付くでしょう? そこがいいんです。60〜70年代のリトグラフやシルクスクリーンなんかも、摺師やアーティストの指紋が付いているものなんかは、それこそが本物という気がしますね、余韻があるというのかな。

 

藤田 お茶碗なんかでも、釉薬に浸けたときの指の跡なんかが付いているとテンションが上がりますね。「こうやって持って作ったんだな〜」とか。

 

八木 リソグラフやシルクスクリーンの古いものは破れたところから湿気が入って曲がってきたりするんですが、それも味ですよね。ただ、直射日光に当たると紫外線ですぐに色が退色してしまうから、そこだけは気をつけています。前のサンフランシスコの家は北向きだったからアートを色々と飾ることができたけれど、今のロサンゼルスの家は日当たりがいいので、あまり飾れなくなりました。家具は部屋に置ききれないから、うちではね、テーブルなんかも壁に掛けてあったり。

 

藤田 一度ぜひお邪魔してみたいです。

 

 

アートとプロダクトデザインの取り合わせと、お茶の共通点

 

藤田 東京の古美術商で、とても感覚が面白い方がいらして、この間、ある茶碗を見せていただいたんです。「これはすごくいいんだ、どこがいいかって、いい茶碗は何にでも合う、時代がない」って。桃山時代のものなんですが、現代アートの絵の前にその茶碗をポンて置いたら、すごく調和して見えたんですよね。掛け軸じゃなくてもいいんだなと思いました。

 

八木 それは僕らからしてみたら、現代アートと家具の組み合わせのようなものですね。たとえばサイ・トゥオンブリーの作品の横に、倉俣史朗さんの「ミス・ブランチ」を置いたり。一つの風景になりますよね。

 

藤田 ギリギリのところでバランスが保てるというか。何かあるんでしょうね、日本人の感覚として。

 

八木 お茶の世界では、やはりキッチュなものなんかは難しいのかしら。

 

藤田 でも本来の見立てって、お茶道具として作られていないものを敢えてお茶に使うということだと思います。たとえば阪急グループ創始者の小林一三さんは、床に英字新聞を掛けたりしていたそうですし。現代アートとプロダクトデザインの取り合わせは、お茶にも通じるところがあってとても面白いですね。

 

八木 今はシャルロット・ペリアンとアートを組み合わせるのが流行っていますが、僕だったら、サイ・トゥオンブリーとジャン・プルーヴェの「カンガルー・チェア」ですね。金継ぎの技法で呼び継ぎってあるでしょう? その感覚ですね。「この家具が、何かの現代アートを呼んでいる」と。そういう風に崩していく。

 

藤田 お茶会って、結構そういうところがあると思います。1200〜1300年代の掛け軸を掛けて、お茶碗は1500年代で、茶入れは1200年代で、などと、全部違う時代のものをいかに組み合わせるか。そのときに、何かストーリーが必要になります。今日はこれだ、っていう。その芯が1本通っていないと、バラバラになってしまいます。逆に、芯が通っていれば、振れ幅はどれだけあってもいいのではないかとも思いますね。それさえあれば、古い茶碗と現代アートでも成立するのではないかと。

 

八木 そういう意味で、新しい美術館も、“藤田美術館”という芯が通っていれば、どんどん遊べるのかもしれませんね。現代アートも、陶芸作家も、面白い人がいっぱいいますよ。今度ご紹介します。

 

藤田 ぜひお願いします。

 

対談後、今年70歳になる八木さんが、その記念にと製作中のビジュアルブックの校正を見せていただいた。出版が楽しみな一冊。
対談後、今年70歳になる八木さんが、その記念にと製作中のビジュアルブックの校正を見せていただいた。出版が楽しみな一冊。

 

八木 保(やぎ たもつ)

アートディレクター

1949年神戸生まれ。1984年にアメリカのアパレルメーカー「エスプリ」のアートディレクターとして渡米。1991年、サンフランシスコに「Tamotsu Yagi Design」を設立。1995年にサンフランシスコ近代美術館(SF MoMA)開館時に個展を開催。以後、100点以上の作品がサンフランシスコ近代美術館のコレクションとなる。2000年にアップルストアのコンセプトおよびコンサルティングを手掛ける。2011年ロサンゼルスに仕事場を移転。JAPAN HOUSE Los Angelesのクリエイティブディレクションを担当する。現在も世界中でさまざまなプロジェクトを展開中。近著に『八木保の選択眼』(APP)など著作多数。

 

 

藤田清(ふじたきよし)

1978年藤田傳三郎から数えて5代目にあたる藤田家五男として神戸に生まれる。大学卒業後、2002年に藤田美術館へ。2013年に館長に就任。現在は、2022年の美術館リニューアルに向けて準備中。

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