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学芸員がやさしくアートを解説します|七夕小町踊図

京都の夏は暑いぞ…

—これは掛軸の絵?

はい、掛軸です。およそ140×70cmで、結構大きいです。

 

—何を描いている?

江戸時代前~中期の京都で行われていた七夕の行事・小町踊りを描いた絵です。着飾った少女たちが、太鼓を叩いて歌いながら町を練り歩くというものです。だんだんと衰退し明治以降は一度途絶えて、現在、京都では戦後に復興したものが続けられています。

 

—では江戸時代の作品なのですか?

いえ、明治時代(20世紀)に描かれました。作者の谷口香嶠(たにぐちこうきょう、1864~1915)は、明治・大正期に活躍した絵師。おそらく実際にこの行事を見たのではなく、文献資料を参考に描いています。江戸時代の風俗について記録したいくつかの資料(『守貞謾稿』など)に、衣装や小道具が挿絵と合わせて詳しく説明されていて、この絵の描写はそれらにとても忠実なのです。

 

—実は、ぱっと見たときに中国の絵だと思ったのですが。

ほう。それはどのあたりが?

 

—多分、ファッションです。この服装もお団子ヘアも、なんだか“和”っぽくないように見えました。派手で、なんとなく異国情緒を感じる。

なるほど。平時とは違う華やかで特別な服装をしているからでしょうか。例えば襷(たすき)は、古代から穢れを祓う意味があって、儀礼や神事で使われます。お団子ヘアは、子どもたちが鉢巻や髪飾りをつけて踊り歩くには邪魔だから、かもしれません。それから桃山~江戸初期に流行った、アップスタイルの唐輪髷(からわまげ。中国を真似した髪型で、江戸時代の髷の原型)にも似ています。一般的な江戸時代のイメージより少し古い時代設定かもしれないですね。

 

—後ろにいる人たちはとても薄く描かれていますね。

そう、小町踊りの少女たちが主役で、それを眺める人たちはあくまでも背景ということです。ちなみに学芸員の間では、柳の木のうろからこっちをじっと見ているおばあさんが人気です。

実は木の陰から…

—本当だ!面白い。これは作者としてもウケを狙って描いているのでしょうか。

そうだと思いたいですけどね。地味ですが、気づいた人は人知れずフフッと笑える。

 

—こうしてアップで見ると、不思議な質感ですね。

絹に描いているので、近寄ると絹目が見えます。日本や中国の絵画は、紙だけでなくこのように絹に描く作品が多いです。

上空に飛んでいるのは…

—これは虫ですか?夏によく群れで飛んでいるユスリカみたいな…しかしサイズ感的に鳥でしょうか。

形からして、コウモリだと考えられます。コウモリが活発に飛び始めるのは夕方なので、時刻を示す役割がありそうです。あとは、昔からコウモリは中国で人気の吉祥モチーフでした。「蝙蝠」の「蝠」と「福」が同音だからです。日本でもその思想を引き継いで吉祥として示されることがあります。この絵にもそんな意味合いがあるかも。

 

—すごく湿度が高そうな表現ですよね。夏のモワッとした空気感を感じます。暑そう。

はい。京都の夏!って感じです。こんなに厚着をして踊り歩かないといけないなんて、大変でしょうね。

 

—熱中症に気をつけなきゃいけませんよね。この小さい子なんて特に。

小さな身体で大変だろうな…それにしてもこの幼い子たち、可愛いですよね。「ほらほら、ちゃんと踊るのよ」と手を引いて促しても、帰ってきちゃう感じが。

輪に入れない小さな女の子

—暑いしよく分からないけど、終わったらおやつとかご褒美を貰えるんでしょうね。

そういう日常もイメージできて楽しいですね。

 

—ということは、これは熱中症対策の日傘?

うーん、どうでしょう。赤い傘を付き添いの乳母が差し掛けるというのはお決まりの小道具だったようです。さきほど紹介した文献資料にも記録されています。少女たちは日の高いうちから踊り歩いたようなので、暑さをしのぐという実用性もあったかもしれませんね。

 

—着物の柄も一人ひとり違う…こんなに豪華な着物を揃えられるということは、お金持ちの人たちばかりなんでしょうか。

おっしゃる通りです。装束や小物類を用意するだけでかなりお金が掛かったと思います。上流階級の町人でないと参加できないでしょう。小町踊りには、娘たちを着飾らせ、その豪華な衣装を競い合うような性格もあったようです。昔も今もお祭りって、参加するにはある程度お金が掛かりますよね。お納めしないといけない分もあるし。

華やかに着飾る良家のお嬢さんがた

—家族で天神祭に参加していますからよく分かります。そうか、この絵は一見すると、町中皆が参加しているように見えたけれど、あくまでもこの子たちだけを切り取って描いているから…

あ、そうか。描かれていない画角の外側に、家庭の事情で参加できない同じ年くらいの女の子たちが「いいなぁ…」と思って見ているかもしれないですよね。きれいな服、いいな、私も着たいな…って。

 

—しかも、更に薄くボンヤリと。

確かに!そう考えると、なんだか凄くドラマがある。面白いですね。

 

—天気も良くなさそうに感じるので、この日は残念ながら天の川は見られないのかな…

旧暦の7月7日は現在でいう8月7日の頃なのですが、「洗車雨(牽牛が牛車を洗う水が雨になる)」という言葉もあるくらいだから、その日に雨が降ることはよくあったのかもしれませんね。ちなみに今年の七夕、関西は晴れの予報です。

 

—ひとことで言うと?

かつて京都で行われた七夕の行事「小町踊り」を題材にした絵画。

 

 

 

今回の作品「七夕小町踊図(たなばたこまちおどりず)」

作者:谷口香嶠 時代:明治時代(20世紀)

江戸時代前~中期に京都で流行した、少女たちが太鼓を叩いて踊り歩く七夕の行事、小町踊りを描く。柳の木の下、豪華な衣装を着る少女たちやそれを見守る人々が、柔らかな筆遣いと緻密な彩色で表される。作者の谷口香嶠(たにぐちこうきょう、1864~1915)は幸野楳嶺(こうのばいれい)の高弟で、竹内栖鳳(たけうちせいほう)らとともに楳嶺四天王といわれた。歴史や風俗に関する広い知識を持つ、京都随一の歴史画家。

 

藤田美術館

明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。

 

石田楓

藤田美術館学芸員。美術に対しても生きものに対しても「かわいい」を最上の褒め言葉(次点は「かっこいい」)として使う。業務上、色々なジャンルや時代の作品に手を出しているものの、江戸時代中~後期の絵画が大好き。

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