―これは何ですか?
八大龍王を描いた絵です。八大龍王は法華経(ほけきょう)に登場する、8体の龍王です。それぞれ名前がありますがまとめて八大龍王と言います。
―あっさりとした雰囲気に見えます。
確かにそうですね。紙の上に墨だけで描かれているからだと思います。しかし、実際には縦2.4メートルある大きな画面になので、迫力がありますよ。
―縦横に線が入って見えます。皴ですか?これは古い絵?
今から300~400年前、時代で言えば室町時代に描かれた絵です。見えている線は経年による折れと、紙継(かみつぎ)があります。一枚の大きな紙でなく、何枚かの紙を継ぎ合わせてできるので、継いだところが見えることがあります。
―真ん中にいるのは仏様?
十一面観音です。頭の上に11の顔があります。我々が生きているこの世での利益(現世利益)を与えてくれるとされています。
―この絵は八大龍王と十一面観音どっちが主役ですか?
真ん中に描かれていますし、十一面観音が主役と言えると思います。しかし、この絵を納めている箱や掛軸の裏に「八大龍王尊像」とあるので、藤田美術館ではこの名で呼んでいます。
―よく一緒に描かれるんですか?
仏教の世界では、よく一緒になる仲間がいますね。釈迦と文殊、普賢など。実は、八大龍王と十一面観音は絵でも像でもセットになることはあまりありません。珍しい絵と言えるでしょう。
―ところで、この人たちは何をしているんですか?
龍王たちをみると、龍が口から水を出したり、それぞれが手に持っている瓶や宝珠(ほうじゅ)という不思議な力を持った玉から水をだしています。背景や画面下の渦巻いている様子をみると、雲の上にいて、そこに水を注いでいるように見えます。つまり、雨を降らせていると考えられます。
―なぜそんな絵を描いたのですか?
人々が、雨を降らせてほしいという願いを形にしたものと思われます。仏を描いた仏画なので、寺院での祈雨(きう)の儀式に使われたと考えられます。
―雨を降らせるなんてことができるんですか?
龍は水に棲み、水に関わる様々な力を持つと考えられてきました。例えば、雨や洪水などです。なので、日照りが厳しくなれば雨ごいをし、雨が続けば止むように祈ったようです。
―龍王が雨と関係するのはわかりました。十一面観音は何をしているんですか?
実は、この絵になぜ十一面観音が描かれるか、正確なことはわかっていません。近年の研究では、十一面観音も祈雨にかかわった可能性が考えられています。
―一言で言うと
室町時代、祈雨のためにお寺に掛けられた作品と考えられます。水の勢いや龍たちの迫力を感じる一方で、1人1人の顔や仕草はチャーミングです。まだ謎の多い、研究しがいのある仏画と言えます。
今回の作品: 八大龍王尊像(はちだいりゅうおうそんぞう)
員数 1幅
時代 室町時代 15~16世紀
十一面観音と八大龍王を組み合わせた墨画です。墨が刷かれた背後は右上から左下へと風が吹いているように見え、下の渦巻く黒雲は雨が降っている様子を思わせます。八大龍王は祈雨の礼拝対象であり、十一面観音も雨と結び付けて考えられていた可能性があります。宝永3年(1608)に、高野山金剛三昧院の什物として修理された記録があります。
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
國井星太
藤田美術館学芸員。きれいなものを見るのとおいしいものを食べる(飲む)のが好き。あとサウナ。美術以外にも哲学、食文化、言語学…と興味の範囲は広め。専門は日本の文人文化。