
―何に使うものですか?
入れ物です。蓋と身に分かれていて、パカッと開けることができます。少なくとも日本では、中にお香を入れて使いました。「香合」とはそういうことです。
―香合…お茶道具のイメージがあるんですが、合ってますか?
はい。茶道具として使うときは、中に香をいれて、茶席に運ぶために用います。他に、香道や仏教寺院などでも使われます。
―何でできているんですか?
土を固めて素焼きした上から釉薬を塗って、再び低温で焼きます。甲羅のてっぺんは、金箔を貼って漆を塗る「白檀塗」という技法も用いられています。なので素材としては、土、釉薬、金箔、漆ですかね。

―色がけっこう鮮やかだと思います。
そうですね。茶席で使ったら華やかでかわいい感じかな。
―上から見ると左右対称というか、シンメトリーな感じになっているんですね。
はい。全体の形も、甲羅の色も左右対称です。型を用いて成型するのですが、その型が極めてシンメトリックでシンプルなのでしょう。
―へえ。型を使っているということは、たくさん作れるということですよね。こういう亀の香合はたくさんあるんですか?
はい、そのはずなのですが…。実はこのサイズの亀は他に見つかっていなくて、それから全体が黄色いのも類例が無く、大変レアです。もっと小さい亀だったら他にもあります。

―だから「大亀」香合なんですね。じゃあ、この名前にある「交趾」ってなんですか?
交趾(こうち)は今でいうベトナムのあたりを指す言葉です。
―あ、ベトナム……ベトナムで作られたんでしたっけ?
昔はそのように考えられていたこともありました。しかし最近の発掘調査により、このやきもの群の生産地が中国南部の福建省であることが判明しました。どうも、ベトナムを経由して日本にもたらされたらしく、それで日本では「交趾」と総称するようになったみたいです。
―なるほど。ベトナムを経由するのには理由があったんでしょうか?
当時(16世紀末~17世紀初め)、中国では倭寇(13世紀末から16世紀にかけて中国や朝鮮半島の沿岸を襲った海賊)の取締対策のために、民間の渡航や貿易を制限していました。日本との貿易も厳しく禁じられていた。なのでベトナムなど東南アジア諸国での出合貿易という形をとって、日本は中国製品を買い付けていました。そうまでして中国のものが欲しかったことが分かりますねえ。
―もともと中国では何のために作られ、どのように用いられていたんですか?同じく香合でしょうか?
はっきりと分かっていませんが、そもそも輸出用に焼かれたものではないかと考えられています。なにか小さな輸出品をいれる入れ物だったとする説もあります。ですので、中国本土では実用されなかっただろうし、少なくとも香合としては使われていないでしょう。
―そうなんだ。何を入れたんだろう…
なんでしょうねえ。しかしこれに入れたとて、割れ物だし、守られる気がしないな。よく海を越えてやってきましたよね。そして面白いのは、日本人が中身以上にこの入れ物に注目したことです。茶人たちのセンスで「かわいい!ちょうどいい!」となり、茶席の香合に転用したのでしょう。このような行為を“見立て”といいます。


―この縁の部分は釉薬が掛けられていないですね。黄色い釉薬がちょっと掛かっちゃってるところもある…なんだか、全体的にあまり気を遣って作っていない感があります。
縁は蓋と身が合うところだから、敢えて掛けないのでしょうか。でもおっしゃる通りで、そんなに丹精込めて作ってはいないと思います。型を用いる大量生産型ですし、あくまで入れ物だし。
―このユルさが良いですけどね。
はい。日本人は、このようなユルさとか、歪み、欠け、などが大好きです。左右対称で整えられたものを良いとする中国の美意識とは違いますね。
―他にはどんな型のものがあるんですか?
鳩や獅子、鹿など…吉祥のシンボルが多いです。中国の人は吉祥文様が大好きです。
―で、その中でも、この大亀は同じようなものが見つからず、貴重ということですね?
はい。江戸時代からお茶界で有名です。江戸時代の人は、なんでもかんでも相撲や芝居の番付表に見立てランキングして楽しむのですが、安政5年(1855)には香合の番付表『型物香合相撲』が刊行されています。230点ほどの香合のランキングで、トップである東の大関にこの交趾大亀香合が載っています。

―面白いですね。絵のようなものも載っているんですか?
いいえ、文字情報だけですので、実際にこれらの香合がどんな姿なのかというのは、茶会など、お披露目の機会があれば見ることができたのでしょう。この『型物香合相撲』はおそらく、茶人や道具商や、一定のお金をもっている町人など、香合を拝見する機会がありそうな限られた人たちのあいだで楽しまれたのだと思います。
―なるほど。そしてこの大亀香合は、どんな経緯で藤田美術館にやってきたのですか?
江戸時代には鴻池家にあり、そこから神戸の富豪・生島家に移ります。その後、明治45年(1912)3月19日に生島家の売立が行われ、藤田家初代コレクターの藤田傳三郎が最も高額を提示して落札しました。そのあとは、藤田家から藤田美術館に所蔵が移行しました。


―どれくらいの値段ですか?
当時の9万円なので、今でいう6~9億円と考えられています。
―高い!
すごい高額なので、美術、茶道業界の大ニュースだったみたいですね。傳三郎は長らくこの香合を欲しがっていました。茶会で組み合わせたい茶入(田村文琳茶入)があり、イメージを膨らませていたくらいです。しかし機会に恵まれず、今際の際にようやく手に入った。そして、落札して間もなく、3月30日にその生涯を閉じます。
―では、茶会では使えなかったのですか?
残念ながら、傳三郎は使うことがないままです。しかし、傳三郎の13回忌追悼茶会で、息子の平太郎が席主をつとめた席に使われました。
―ところで、これは何ガメなのでしょうか。
亀の詳しい方によると、甲羅の枚数などから、ウミガメでもリクガメでもなく、川や沼に生息する種の亀に見える、とのことです。
―ひとことでいうと?
茶人垂涎の大きな黄色い亀。藤田美術館の公式キャラクターになろうとしている。
【今回の作品】重文 交趾大亀香合(こうちおおがめこうごう)
中国・明時代 17世紀
亀の姿をした大振りな香合。総黄釉で、甲羅は緑、紫の釉薬を掛け、中央には金箔の上から透漆を塗る白檀塗を施す。形、色合い、サイズどれをとっても同型のものがなく、交趾香合のなかでも特に重要視される。藤田傳三郎最後の蒐集品としても知られる。
【今回書いた人】石田 楓
藤田美術館学芸員。美術に対しても生きものに対しても「かわいい」を最上の褒め言葉として使う。業務上、色々なジャンルや時代の作品に手を出しているものの、江戸時代中~後期の絵画が大好き。