HIDDEN COLLECTIONS

学芸員がやさしくアートを解説します|蔵出50選_47|法隆寺金堂天蓋付属金銅透彫幡金具残闕 ほうりゅうじこんどうてんがいふぞくこんどうすかしぼりばんかなぐざんけつ

飛鳥時代のキラキラ巨大オーナメント

 

長方形金具
巾着型金具

 

―これらは何ですか?

法隆寺金堂に伝わったとされる室内装飾品の一部です。

 

―いつ頃作られたのですか?

飛鳥時代(7世紀)です。今から1400年前くらいに作られました。とても古いです。

 

―そんなに昔のものとは思えない…金色にキラキラ光って綺麗ですね!誰が作ったのですか?

確かに1,000年前以上のものとは思えないくらい状態が綺麗です。金メッキがかなり残っています。残念ながら、誰が作ったのか、また誰が作らせたのかは明らかになっていません。

 

―何でできているんですか?

銅の板を透かし彫りにして、その上から金メッキをほどこしています。

 

―色々な形がありますが…?

巾着型を連ねた金銅板と長方形の金銅板の2種類がありますが、どちらも元は同じ装飾品の一部になります。

 

―どうやって使われていたんですか?

幡(ばん)は仏教の儀式で用いる旗のことで、これらの金具は寺院の堂内天井から吊り下げて使われていました。法隆寺金堂内には、推古天皇30年(622)に聖徳太子の病気平癒のために作られた釈迦三尊像(しゃかさんぞんぞう)があります。その上部の灌頂幡(かんじょうばん)という装飾を構成する部品の一部です。天蓋(てんがい)という巨大な傘のような装飾から、これらのような色々な形・大きさの幡を吊り下げて、空間を豪華に飾り立てるのです。巨大なオーナメントがたくさん下がっている感じでしょうか。

 

―想像してみるととても煌びやかな空間だったんですね。それにしても複雑で細かな模様が気になります。

作られた当初はさらにキラキラ眩しそうですよね(笑)とても細かくて、作った職人の技術の高さがうかがえます。

巾着型の金銅板は、上部に結び目を表した巾着のような形になっています。全体にパルメットと呼ばれる唐草文やC字・S字を組み合わせたような虺竜(きりゅう)文が透かし彫りされています。また両側にハート形の飾り金具がつけられており、動きに合わせてキラキラと揺れるようになっています。

笛を奏でる天人
花を捧げて飛来する天人1
花を捧げる天人2

 

―もう一つの長方形の金具には人みたいな模様がありますね?

長方形の金銅板の模様はさらに複雑です。外周はパルメット(唐草)文様で縁取り、その内側には3人の天人が飛翔する様子があらわされています。上部と中央の天人たちは花を捧げながら天上から飛来しています。そして最下部の天人は、蓮台の上に座って横笛を吹く仕草をしています。彼らが着ているリボン状に翻る天衣(てんね)がリズミカルで、より一層動的な美しさを演出しているようです。さらに、透かし彫り部分には髪の毛のような細い線刻がほどこされており、それぞれ異なる天人たちの表情や仕草、文様の細部が見られます。仏様たちがいらっしゃる美しい天上世界を表現しようとしたのでしょう。

 

―ありがたい仏様をさらにキラキラのオーナメントで飾っていたのですね!

はい、その通りなんです。このように仏像や寺院を様々に飾りたてることを「荘厳(しょうごん)」と呼びます。

 

―ということは、これらのほかにもたくさんの部品があったのですか?

はい。もともとは巨大な幡を構成するパーツの一部でしたので、同型の金銅板はたくさんあったと考えられます。金銅板は当館のほかにもバラバラになって残っており、東京国立博物館などに分蔵されています。

 

―ひとことでいうと?

飛鳥時代に作られた、仏様のためのキラキラ巨大オーナメント。

 

 

[今回の作品]

作品名:法隆寺金堂天蓋付属金銅透彫幡金具残闕 

制作年代:飛鳥時代 7世紀

法隆寺金堂に伝わった、天井から吊り下げていた灌頂幡の一部を構成する金銅板金具。それぞれ精緻な透かし彫りがほどこされ、巾着型に唐草文様を表したもの、長方形に3人の天人の姿と唐草文様を表したものがある。

 

藤田美術館

明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。

 

[今回書いた人]本多康子

藤田美術館学芸員。専門は絵巻と物語絵。美味しいお茶、コーヒー、お菓子が好き。最近ミャクミャク写真集を買うかどうか悩んでいる。

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