
―これは何ですか?
刺繡であらわされた仏様です。
―刺繡なんですか?最初に見たときに、あまりにも糸が細かくて密なので織物かと思いました。
暗い展示室の中で見ると一瞬絵画かな?と思うのですが、全て一針一針丁寧に縫ってあります。このように刺繡であらわした仏様を繡仏といいます。
―どこからどこまでが刺繡ですか?
上部の黒地に天人・楽器が空中に舞っているところから、下部の黒地に蓮池があらわされるところまでが刺繡です。
―思ったより範囲が広いですね!
そうですね(笑)どれだけ時間がかかったんでしょうね…。気の遠くなるような緻密な作業だったと思います。
―いつ頃作られたのですか?
鎌倉時代(13~14世紀)につくられました。
―意外に古いですね…この時代にはよく作られていたのですか?
いまから700~800年ぐらい前です。同時代ではこのような繡仏はたくさん作られていたようです。藤田美術館にはもう一つ繡仏作品があり、重要文化財に指定されています。

―ちなみに「阿弥陀三尊」とは何のことですか?
画面上に刺繡された3体の仏様のチーム名です。ちなみにこの名前は聞いたことがありますか?



―うーん…お寺に参拝すると聞いたことがあるような…
中央のひときわ大きい仏様が阿弥陀如来、向かって右側が観音菩薩、左側が勢至菩薩になります。
この3体の仏様チームには特別な役割があります。臨終の時、まさに生を終えようとしている人の前に現れて極楽浄土に連れていってくれるありがたい存在なのです。
―「極楽浄土」よく聞くのですが、実はあまりわかっていません。天国みたいなところですか?
細かい話になってしまうのですが、仏教においては、沢山いる仏様の数だけ浄土が存在するとされています。そのなかでも最も有名なのがはるか西方(さいほう)にある「極楽浄土」で、俗世のあらゆる苦悩から解放される清浄な世界と経典に説かれます。その浄土をおさめているのが阿弥陀如来なのです。具体的にどういう場所かというと…画面の上下にあらわされています。


―あ、これって極楽浄土なんですね。
虚空には飛天や楽器が舞っており、絶えず美しい音楽が鳴り響き、良い匂いが漂っているそうです。また金銀が敷き詰められた池には蓮の花が咲き乱れ、無事往生をとげた死者は蓮から極楽浄土に生まれ変わることができます。
―ではこの作品は極楽浄土と関係があるのですか?
前述したように、この3体の仏様は死者の魂を極楽浄土へ導く存在です。中央の阿弥陀仏は、左右の手の人差し指と親指で円をつくっており、これを「来迎印(らいごういん)」といいます。意味は、死者を迎えに来てこれから極楽浄土に連れていきますよ、というハンドサインになります。また観音菩薩は、少し中腰になって蓮台(れんだい)を差し出しているのがわかりますか?これに死者の魂を乗せて極楽浄土に連れていきます。そのため死後極楽浄土に行きたい!と願う人は、この3体の仏様に一心不乱に祈りをささげ、迎えに来てくれるように強く願ったのです。それから画面に刺繍された阿弥陀仏たちの向きをよーく見てみてください。
-皆同じ右方向を向いていますね!なぜですか?
これも全て意図的ですね。画面の向かって左側を西、向かって右側を東とすると、彼らは西方極楽浄土から東に向かって進んでいることになります。そのような位置関係も計算しての構図が作られています。彼らが乗っている雲も、向かって右から左にたなびいていますよね?この臨場感あふれる表現で、阿弥陀仏たちの来迎を具体的にイメージトレーニングしていたのでしょう。
―誰が作ったのか、あるいは、どういう人が注文したのでしょうか?
この作品については誰が作ったかあるいは誰が注文したかはわかりません。ただ、現存している繍仏作品を概観してみると、女性が注文主である場合が多いようです。故人の追善供養のためであったり、生前から死後の極楽往生のために願ったりしています。
―わざわざ手間のかかる刺繡で作るということに何か意味はあるのでしょうか?
そうですね。おなじ主題の絵画(阿弥陀三尊図)は、繡仏よりもはるかにたくさん現存しています。絵画と刺繍の違いは、刺繍のほうがより表現のバリエーションが多いということでしょうか。それぞれの箇所によって細かく刺し方(ステッチ)を変えています。


―本当だ!細かいですね。
それから繡仏の最大の特徴は、人の髪の毛が使われているということですね。
―え?!髪の毛ですか…。そう聞くとちょっとグロテスクですね…。
例えば阿弥陀仏の螺髪(らほつ)や菩薩たちの垂髪、それから体にまとっている袈裟や条伯の黒っぽい部分は髪の毛です。特に、衣の地は全て髪の毛で埋め尽くすように刺繡してから、文様を刺繡するという凝った造りです。あとは、左右に記された経典の偈文(げぶん)の文字もすべて髪の毛です。


―思った以上にたくさん使われているんですね。
当時の人は男性も髻(もとどり)を結うため髪が長かった時代ですが、やはりこれほど大量の髪の毛を使ったということは、どちらかというと女性によるものと考えられます。あと、髪の毛には古来人の念が強く込められるものとして特別視されていました。そのような思いの強さ、信仰心の篤さも伝わってくるような作品です。
―ひとことで言うと?
一針一針に極楽往生への想いを込めた、丁寧な手仕事。
【今回の作品】
作品名:刺繡阿弥陀三尊来迎図
制作年代:鎌倉時代 13~14世紀
阿弥陀如来と観音菩薩・勢至菩薩が雲に乗って飛来し、死者の魂を極楽浄土に連れていくために迎えに来た来迎図。表具全体に精緻な刺繍をほどこす総繍(そうぬい)であらわす。阿弥陀の螺髪(らほつ)や、仏たちが身にまとう衣は、人の髪の毛を用いる髪繍(はっしゅう)がほどこされている。
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
[今回書いた人]本多康子
藤田美術館学芸員。専門は絵巻と物語絵。美味しいお茶、コーヒー、お菓子が好き。最近買ったおきにいり:Suicaペンギンの靴下