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板彫五大尊曼荼羅|学芸員がやさしくアートを解説します

小さくても威力抜群!

―これは何ですか?

一枚の板に仏たちの姿を彫刻したものです。

 

―いつ頃作られたんですか?

平安時代中期頃、11世紀と推定されます。

 

―いわゆるふつうの仏像とはちょっと違いますね。

はい、仏像は通常1体1体を個別に作りますが、曼荼羅(まんだら)は、このようにたくさんの仏たちが整然と集まった形で表現されます。また、浮き上がって見えるように立体的に彫り出す技法(レリーフ)が使われています。

 

―曼荼羅ってたまに聞きますけど、どういう意味ですが?

もともとはインドのサンスクリット語に由来して「連結して結びつける」とか「円状に集まる」という意味でしたが、特に仏教では、教義のひとつである密教の世界観を絵画や彫刻であらわすものになりました。

 

―確かにたくさんの仏様がいますね!ただ小さすぎて良く見えない…

そうなんです!写真だとわかりにくいですが、実は縦13.4×横10.8センチの小さな板に、19体の仏様が彫られています。

 

不動明王

 

―19体も!どんな仏様たちですか?真ん中の大きな仏は何だか見覚えがあるような気がします。

中央に座っているのは、いわゆる「お不動さん」の通称で知られる、不動明王(ふどうみょうおう)です。明王とは 「知恵と呪文の王者」という意味です。密教では、大日如来(だいにちにょらい)という仏が宇宙の中心的な存在と考えられており、明王はその大日如来の化身とされています。不動明王はその代表格になります。

 

―そうそう、お不動さま!なんでこんなに怖い顔なんでしたっけ?武器も持ってるからなんだか叱られそうな雰囲気です。

たしかに(笑)叱られそう。両目を見開き、上の歯で下唇を噛む姿で、忿怒形(ふんぬぎょう)といいます。これは激しい怒りの表情や威嚇の姿を示すことによって、より強い信仰をうながすためです。また、右手に利剣(りけん)、左手にロープのような羂索(けんさく)という武器を持っています。剣で人々の煩悩(ぼんのう)を切り裂き、羂索で人々を救いあげることを意味しています。

 

―本当ですね!よく見るとすごく細かいところまで彫られていますね。

そうなんです。特に剣を見てみてください。完全に本体の板から浮いて立体的に彫られているんです。あと毛筋彫り(けすじぼり)といって、髪の毛などが一本一本丁寧に表現されているのも見どころです。

火焔の光背の中に鬼面が浮かび上がっている

 

―よく見ると後ろに顔がありませんか?

よく気づきました。不動明王の後ろは火焔光(かえんこう)といって、煩悩を焼き尽くす炎をまとっています。その炎の一つ一つに鬼のような顔があらわされています。通常にはない珍しい表現です。

右上から時計回りに降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王

―他の仏様たちは?なんだかたくさん腕がある方々ですね…。

不動明王の周りの4体も明王たちで、不動明王と併せて五大尊(五大明王)と言います。彼らも忿怒形で、何本もの腕や足で武器を持ち、火焔の光背をまとっていることがわかります。右上から時計回りに降三世明王(ごうざんぜみょうおう)、軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)、大威徳明王(だいいとくみょうおう)、金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)です。

 

―さらに小さい仏たちが周りを囲んでいますね。ちゃんとそれぞれ違っています。

五大尊の周囲は12体の仏、すなわち十二天があらわされています。十二天は、もともとインドの古代神たちなどが仏教にとり入れられて、仏法を守る護法神となりました。彼らは12の方角を守る本尊でもあり、東:帝釈天(たいしゃくてん)、東南:火天(かてん)、南:焔摩天(えんまてん)、西南:羅刹天(らせつてん)、西:水天(すいてん)、西北:風天(ふうてん)、北:毘沙門天(びしゃもんてん)、東北:伊舎那天(いしゃなてん)、天:梵天(ぼんてん)、地:地天(ちてん)、日:日天(にってん)、月:月天(がってん)がいます。ただ、こちらの十二天は細かすぎて一部しかわかっていません…。それぞれの持物や表情が巧みに彫り出されており、当時の技術の高さがうかがえます。

 

―この額縁みたいなのは?

これは独鈷杵(とっこしょ)という、密教の儀式で使う法具の一つです。独鈷杵が何個も連なって縁取っているデザインですね。

裏面:三鈷杵と蓮台
横から見た裏面

―よく見ると色々情報量が多くて面白い作品ですね。

はい。そして裏面も結構ユニークですよ。なんと三鈷杵(さんこしょ)という密教法具がめり込んでいるんです!

 

―おお、スマホスタンドみたいです!

この裏面は、後世になってから彫られたと考えられています。例えば、これだけ小さいものだと懸仏(かけぼとけ)のように、携帯して旅先で祈願したりもできます。その時にこういうのがあると便利ですよね。

 

―一言で言うと?

小さくても威力抜群!手中にひろがる曼荼羅。

 

〔今回の作品〕

作品名:板彫五大尊曼荼羅

制作年代:平安時代 11世紀

一枚板の曼荼羅で、表に五大明王(五大尊)と十二天が浮彫りであらわされ、裏は蓮台に三鈷杵(さんこしょ)をかたどった脚がつけられている。中央の不動明王の光背は、鬼面が浮かび上がる火焔の形をしており、精緻な毛筋彫り(けすじぼり)がほどこされているのが見どころ。

 

藤田美術館

明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。

 

本多康子

藤田美術館学芸員。専門は絵巻と物語絵。美味しいお茶、コーヒー、お菓子が好き。最近買ったおきにいり:某博物館の蛙のネックピロー

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