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若松蒔絵十種香箱|学芸員がやさしくアートを解説します

一度は遊んでみたい

 

―双六の板みたいものがあります。遊び道具であっていますか?

双六ではないのですが、遊び道具です。十種香箱と言って、お香を使って遊ぶための道具箱です。

 

―源氏香とか聞いたことがあります。

香遊びの一種ですね!この道具では源氏香は出来ません。でも、香を聞いて(香道では香の匂いを嗅ぐことを聞くという)、その当否を争うという点では同じです。

 

―十種香とはなんですか?

一、二、三と番号を振った香を3つずつ、それともう1種類別の香(客香)を1つ用意して、計10の香で遊ぶゲームです。そのため、十種香といいます。

 

―どんなルールですか?

まず、一~三の香の試し聞きします。客香は試し聞きに出てきません。ゲームがスタートするとランダムに選ばれて香が焚(た)かれ、どの香なのか匂いだけで当てます。一と思ったら一、二と思ったら二、という具合です。一~三どれでもないと思ったら「客」を選びます。

 

―お香って線香みたいなものですか?

いえいえ、香木を焚きます。正倉院にある蘭奢待(らんじゃたい)とか聞いたことありませんか?織田信長も欲しがったとかいうものです。

 

―藤田美術館にも香木はありますか?

はい、所蔵品にあります。香木がいっぱいに入った壺とか、香木の欠片が丁寧に包まれて大量に収められた箱とか。今でも開けてみるといい匂いがしますよ。

香を入れる壺と香木

 

―香の種類はどのくらいあるんですか?

うーん…無数にあると言って良いと思います。代表的なものとしては沈香(じんこう)、白檀(びゃくだん)などがあります。もちろん植物学的な種類には限りがあると思いますが、名香となるとそれぞれに銘をつけます。

 

―香木のことばかり聞いてしまいました。この香箱の道具はそれぞれどうやって使うんですか?

作品の話にもどって来れました。使い方はこちらをご覧ください。

―この香箱も使われたんですか?

使ってないのでは、と思っています。例えば、記録用の墨や硯に使用痕が無く、香炉にも煤がついていません。

 

―それでは、鑑賞用だったということですか?

そうかもしれませんね。江戸時代頃には香箱を婚礼調度のひとつとすることもあったようです。大名や、公家、豪商にも広がっていましたのでそのような目的で作ったのかもしれません。

 

―模様は松に梅ですね。

はい。梅と松、それから根引き松のモティーフです。根引き松は宮中行事の一つ小松引きに由来します。正月に子どもに小さな松を根ごと引き抜かせて長寿を願うという行事で、引き抜かれた松が根引き松と呼ばれます。梅とともにおめでたいですね。

 

―香箱はみんなこういうデザインですか?

いいえ、いろんなデザインがありますよ。この香箱の地紋は梨子地(なしじ)といって、梨の肌のようにつぶつぶがあります。この他にも黒漆地や金地などもありますし、模様も色々ですね。例えば藤田美術館には他にもこんな香箱があります。

梨子地蜀甲禽獣花鳥丸紋蒔絵十種香箱

 

―ひとことで言うと?

お香で遊ぶための豪華な道具箱。

 

今回の作品:若松蒔絵十種香箱

制作年代:江戸時代17~18世紀

十種香は室町時代までには成立したと見られ、江戸時代ころには様々な遊び方のバリエーションが作られていた。十種香で用いる道具一式が、梨子地に松および根引き松と梅をあらわした香箱に収められている。

 

 

今回の学芸員:國井星太

藤田美術館学芸員。きれいなものを見るのとおいしいものを食べる(飲む)のが好き。美術以外にも哲学、食文化、言語学…と興味の範囲は広め。専門は日本の文人文化。最近読んでいる面白い本:中島義道『「私」の秘密――私はなぜ〈いま・ここ〉にいないのか』

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