INTRODUCTORY SELECTION

前野学芸員がやさしくアートを解説します。|入門50選_31 | 木造伎楽面 力士

大仏開眼会に使われた面

 

木造伎楽面 力士(もくぞうぎがくめん りきし)

 

 

―これは何ですか?
面です。伎楽面(ぎがくめん)といいます。

 

―伎楽とは?
伎楽は6世紀に大陸より伝わった芸能です。
力士など14種類の面を使って演じるセリフのないパントマイムで、ユーモラスな内容であったと考えられています。 
平安時代には新たに大陸より舞楽が伝えられ、伎楽は次第に衰退しました。

 

―藤田美術館にはどんな種類の面があるのですか?
今回紹介する伎楽面のほかに、舞楽面、行道(ぎょうどう)面、能面、節分で使われる追儺(ついな)面などがあります。
舞楽面は舞楽で舞人が用いる面で、行道面は寺院の供養会などで行列を作って練り歩く際に用いられる面です。能面は室町時代に大成した能楽に使われました。
能楽をたしなんでいた藤田家には能面や能装束がたくさんありましたが、多くは戦災で失われてしまいました。

 

―伎楽面は国内にどれくらい現存するのですか?
正倉院や東大寺に多く残されています。正倉院には百数十面あるようです。

 

―意外とたくさん残っているのですね。この面はいつのものですか?
奈良時代(8世紀)です。

 

―何でできていますか?
桐材です。

 

―力士というのは?
14種類ある伎楽面のひとつで、怒りの表情をしています。
同じく金剛という面も怒りの表情をしていますが、金剛は口を開き、力士は口を閉じた姿で作られています。

 

―色が塗られていたのでしょうか?
はい。彩色されていました。
今は黒っぽく見えていますが、赤か朱で塗られていたと思われます。
白目部分や歯は白色で塗られていたようです。

 

―鼻は欠けているのですか?
鼻の頭は欠けてなくなっています。

 

―小さな穴が並んでいるのは?
鼻の下、顎にある小さな穴には、髭が植毛されていました。

 

―頭の上に穴があいているのは?
木の狂いを防ぐために、木芯を抜いていると思われます。

 

―ずいぶんボリュームがあるように見えます。面はもっと平らなものではないのですか?
伎楽面は、すっぽりと被るヘルメットのような形をしています。
耳の後ろに穴があり、紐を通していたと思われます。

 

―誰が作ったのですか?
作った人は分かっていません。
他の同種の面には裏面に作者の名前などが記されるため、この面にも作者名などが書き記されているのではないかと推測されますが、判読できません。

 

―では、何かが書かれているということですか?
この面の裏面には「東大寺」という文字に加えて、判読できない数文字が書かれています。ここに作者の名前などがあるのではないか?と期待されています。

 

―この面は実際に使われたのですか?
天平勝宝4(752)年に行われた、東大寺の廬舎那仏(るしゃなぶつ 大仏)開眼会(かいげんえ)で使われたと考えられています。開眼会は新しくできた大仏に眼を入れて魂を迎える法会です。
開眼会の式典に使うため、伎楽面2〜3セットがまとめて作られ、その一部が使われたと推測されています。

 

―使われたということは、どうして分かるのですか?
面が完成した時、目の周囲はきれいに作られていました。
しかし、この面は実際に演者が使用したので、演者の視界に合わせて目の周りをくり広げています。
目の周りを削ってある面が、使用された面となるのです。

 

―どのようなストーリーですか?
呉女(ごじょ)という女性に思いをかけて追い回す崑崙(こんろん)を、力士や金剛が捕らえるというストーリーです。

 

―一言でいうと?               
聖武天皇が建立した東大寺の廬舎那仏(大仏)開眼会で演じられた伎楽で使われたと考えられる面です。表情が大きくユーモラスです。

 

 

 

 

今回の作品:重要文化財 木造伎楽面 力士(もくぞうぎがくめん りきし)

時代 奈良時代 8世紀    

2015年に重要文化財に指定された伎楽面の内の1面です。伎楽は6世紀に大陸より伝わりました。天平勝宝4(752)年に行われた、東大寺大仏開眼会で使われたと考えられ、裏面に東大寺と墨で記されています。

 

 

藤田美術館

明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。

 

前野絵里  

藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。

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