父から子へ渡された茶碗 | 藤田美術館 | FUJITA MUSEUM

2022年4月 リニューアルオープン(予定)

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INTRODUCTORY SELECTION

入門50選_30 | 黒樂茶碗 銘 太郎 銘 次郎

父から子へ渡された茶碗

前野学芸員がやさしくアートを解説します。

 

黒樂茶碗(くろらくちゃわん) 左:銘 太郎 右:次郎

 

―樂茶碗とは何ですか?

京都の樂家によって作られた抹茶を飲むための茶碗のことです。

赤色の茶碗と黒色の茶碗が基本になります。

 

―それは特別なものなのですか?
茶の湯専用の茶碗は樂茶碗以前にはありませんでした。
千利休(1522~1591)が完成させた茶の湯で用いるために作らせたものです。
利休は専門の職人に命じて、この茶碗をはじめ、茶の湯にふさわしい道具を生み出しました。

 

―樂家とは?

長次郎(?〜1589)を祖とする家で、現在も樂茶碗を作っています。

千家十職(せんけじっしょく)のひとつです。

樂家は中国の華南三彩という焼物の技術を持つ人物が祖であると考えられています。

 

―千家十職とは?

千家流(表千家、裏千家、武者小路千家など)の茶道具を作る職家(しょっか)と呼ばれる十の家のことです。

 

―作ったのは誰ですか?
表千家6代覚々斎原叟宗左(かくかくさいげんそうそうさ 1678~1730)が作り、樂家が焼成しました。
焼成したのは樂家5代の宗入(1664~1716)です。

 

―なぜお茶の家元が茶碗を作るのですか?
茶碗だけでなく、茶杓、書画なども家元自ら作ったり描(書)いたりします。
特に、茶碗は弟子や門人などによって引き取られます。100個単位で作り、頒布されたりもしました。
家元制度が確立し始める、覚々斎やその息子、如心斎(じょしんさい)のころから目立ってきます。

 

―なぜ、樂家が焼くのですか?
樂茶碗を家元が自ら形づくりますが、焼成する施設や技術を持っていないことから、樂家が家元の意を汲んで焼成したと思われます。土についても、樂家から提供を受けているはずです。

 

―これらの茶碗はなぜ作られたのですか?

覚々斎には3人の息子がおり、父から息子へ渡すための茶碗が3個作られました。

理由は書き残されていませんが、茶碗と茶杓の両方を自作して渡しているので、これから茶の湯の世界で生きていく3人の息子への餞のようなものだったのかもしれません。
黒茶碗のひとつは太郎と名付けられ、長男の表千家7代如心斎(1705~1751)へ渡っています。
もうひとつの黒茶碗は次郎と名付けられ、次男の裏千家7代竺叟宗乾(ちくそうそうけん 1709~1733)へ渡っています。
もうひとつが赤茶碗の三郎です。三郎は三男の裏千家8代一燈宗室(いっとうそうしつ 1719〜1771)へ渡っています。

 

箱書 左:太郎 右:次郎

 

―茶碗はその後どうなったのですか?
太郎は表千家が、次郎、三郎は裏千家が所有していました。
次郎は明治時代に藤田傳三郎が三郎とともに入手し、太郎は大正時代に藤田傳三郎の長男、平太郎が入手しました。
三郎は現在藤田家を離れています。

 

―藤田家へ伝わった理由は?
藤田傳三郎にも覚々斎と同じように3人の息子がいました。
その3人に、覚々斎の作った3つの茶碗を手に入れ、渡したいと考えたようです。

―太郎は表面に凹凸があります。
宗入の特徴ある釉薬で、艶がありながらも、少しかせた(光沢を抑えた)ような表情があります。
特に見込と言われる内側の釉薬に、沸いたようなぶつぶつが見られます。宗入や次代の左入に見られます。
利休100年忌があったことも契機となり、宗入は初代長次郎の作風を目指したと考えられています。

 

―次郎は形が変わっていますね。
片面に窪みがあり、横から見ると反っているように見えますが、向きによっては筒型に見えています。
太郎と異なる点は、口縁が内側へ抱え込むような形になっているところです。
ひとつだけで見ているとわかりませんが、太郎と並べると、少し小振りできゅっと締まった感じがします。

 

―一言でいうと?
覚々斎手造りと伝わっていなければ、どちらも樂家が作ったと思えるほどの仕上がりです。太郎と次郎を並べると、太郎の方が大らかでどっしりしていて、次郎の方が少し小さく締まった印象を受けます。

 

 

 

今回の作品:黒樂茶碗 銘 太郎(くろらくちゃわん たろう)

時代 江戸時代                   

作者 覚々斎原叟宗左

黒のどっしりした茶碗です。胴部は素直な形ですが、腰の最も張った部分は、箆(へら)で面取りされ、口はうねるように波打っています。口縁周辺や碗の内部に見られる、わいた痕跡のような凹凸や、茶溜周辺のかせたような釉薬の調子に宗入の特徴が出ています。高台まで釉薬をかけた総釉です。

 

今回の作品:黒樂茶碗 銘 次郎(くろらくちゃわん じろう)

時代 江戸時代

作者 覚々斎原叟宗左

太郎と比べると若干小振りで、細めの茶碗です。口は抱え込みが大きく、少し内側へ入り込んでいます。胴の下部には大きな窪みがあります。口から胴の中ほどまでは厚く作られていますが、胴の中央部から底にかけては、内側の土を大胆に削り取っています。宗入らしいかせた調子が全体にみられ、釉薬が高台までかかる総釉となっています。 

 

 

藤田美術館

明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。

 

前野絵里  

藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。

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