琳派の美を感じる硯箱 | 藤田美術館 | FUJITA MUSEUM

2022年4月 リニューアルオープン(予定)

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INTRODUCTORY SELECTION

入門50選_24 | 桜狩蒔絵硯箱

琳派の美を感じる硯箱

前野学芸員がやさしくアートを解説します。

 

桜狩蒔絵硯箱(さくらがりまきえすずりばこ)

 

 

―これは何ですか?           

硯箱です。

硯、墨、筆、水注(すいちゅう)など、書道に必要な道具一式を収めます。

今でいう筆箱と同じようなもので筆記用具を入れるものです。

 

―誰が作ったものですか?

尾形光琳(こうりん 1658~1716)です。光琳は絵や蒔絵のデザインなどで知られています。弟に陶工の尾形乾山(けんざん)がいます。  第21回参照:銹絵絵替角皿

 

―光琳はどんな人ですか?

京都の雁金屋という呉服商を営む尾形宗謙(1621~1687)の次男として生まれます。当時、雁金屋は後水尾天皇中宮であった東福門院(徳川秀忠娘)の御用を務める大店でした。

父の宗謙が亡くなった後、受け継いだ莫大な遺産を使い果たしてしまったため、生活のために、もともと得意だった絵を描くようになり、画家、工芸家となりました。

曾祖父である尾形道柏は江戸時代初期の芸術家、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ 1558~1637)の姉を妻に迎えており、京都の鷹峯(たかがみね)にあった光悦村に屋敷を構えていました。光琳は幼少の頃より、茶道や書道、着物のデザインなど、本物の芸術に触れられる環境にありました。さらに才能があったということで、当然のように頭角を表すタイプの芸術家だったと思います。

 

―この硯箱はどれくらいの大きさですか?

縦24.5㎝、横21.2㎝、高さ5.1㎝です。

 

―A4サイズぐらいですか?

そうですね。

 

―中に筆なども入っているのですか?

入っています。

 

―何が入っていますか?

硯石、筆、水注(すいちゅう・墨を磨る際に使う水を入れる入れ物)、墨、刀子(とうす・ 紙を切る道具)です。

 

―箱ができた時から同じものが入っているのですか?

筆や墨は消耗品ですので変わっている可能性があります。刀子は持ち手に乾山とあり、最初から入っていたものではないかと言われています。水注も当初の可能性があります。

 

―筆、墨、硯石などは特別感があるものですか?

硯石には日本産、中国産の石が色々あり、ここの石がいいというものもあります。中国の硯には彫刻や装飾が施されているものもあります。

硯箱に贅が尽くされていると、中に納められる硯石はシンプルな場合が多いです。

ただ、この硯箱に入っているものについては、どこの石であるかなどの情報はありません。筆や墨も使う人によってこだわりがあると思います。今は真っ白な象牙の柄の筆が入っています。

 

―この箱は何でできていますか?金色に光っていますが、金属ですか?

木製です。木製の箱の上に蒔絵(まきえ)で装飾しています。

 

―蒔絵とはどんな技法ですか?
蒔絵は日本で独自に発展した漆の装飾技法です。
装飾する面に接着剤となる漆で絵を描き、それが乾かないうちに金属粉(ふん)を蒔くことで模様を表します。金属の色、粉の大きさや形などを変えることで、幅広い表現ができます。

この作品は沃懸地(いかけじ)に金貝(かながい)、螺鈿(らでん)を用いて装飾されています。

 

―沃懸地とはどういう技法ですか?「地」とあるので、金属みたいな金色の部分ですか?

そうです。背景になっている、無地の金色の部分が沃懸地です。箱の表面に細かい金紛を密に撒いているため、金属のように金色に光って見えています。アルミホイルのように薄く伸ばした金属(金箔)を貼ったものではなく、密に撒いた紛が反射して、柔らかい光り方をしています。

 

―金貝は?

装飾として貼り付ける金、銀、錫などの金属でできた薄い板のことです。

この場合は馬や桜の幹や枝などに、鉛の板を、散りばめられた文字には銀と思われる板を使っています。

 

―螺鈿は?貝のことですか?

夜光貝や蝶(ちょう)貝、アワビの殻を文様の形に切り抜き、木地や漆地にはめ込んだり、貼り付けたりする技法です。

桜の花びら、馬に乗った公達(きんだち・若い貴族の男性)の顔や手などに螺鈿が使われています。

 

―中も蒔絵で装飾されているのですか?

箱の内側も外側と同じ装飾です。

蓋の裏側、硯や筆、墨を置く所、箱の底裏(箱をひっくり返した裏面)も含め、全面を蒔絵で装飾しています。文字は箱の中にもあります。

 

蓋の表側

 

 

―確かに文字がありますね。何と書いてあるのですか?

箱の蓋表に文字が8文字あり、左上角から右に向かって「復やみむかたののみ濃ゝ」と書かれています。読みは「またやみん かたののみのの」です。

 

―どんな意味ですか?

これは和歌の上の句です。

「またや見ん 交野(かたの)のみのの 桜狩 花の雪散る 春のあけぼの」という『新古今和歌集』巻二に収められている、藤原俊成(1114~1204)が読んだ歌です。

交野は地名で、現在の大阪府枚方(ひらかた)市付近になります。平安時代、交野は桜の名所として知られていました。

 

―そうなんですね。

在原業平(ありわらのなりひら 825~880平城天皇、桓武天皇の孫)を主人公にしたとされる『伊勢物語』(平安時代に成立)に、男が交野へ友と桜狩(花見)に行く話があります。このような話をイメージの源として鎌倉時代に俊成によって詠まれた歌と思われます。

交野は平安時代禁野(きんや)で天皇のお狩場でした。一般の人が簡単には入れない場所でした。

 

蓋の裏側

 

 

―蓋の他にもあちこちに文字がありますが、どう読めばいいのですか?

蓋の表側に「またや見ん かたののみのの(桜狩)」

蓋の裏側に「花の雪散る」

身の内側に「春のあけぼの」

桜狩の文字はなく、公達が桜の下を馬で行く姿で「桜狩」を表し、和歌を視覚化して表現しています。

 

身の見込

 

 

―なぜ尾形光琳が作ったとわかるのですか?

硯箱を収めている箱に「法橋青々光琳」と署名と花押(サイン)があります。

 

―他に何か書いてありますか?

「本阿弥所持光悦造以写之」とあります。

意味は「光悦が作り、本阿弥家が持っているものを写した」です。

この硯箱は、光琳のオリジナルではなく、本阿弥光悦が作ったものを元に制作したと読めます。

 

箱書

 

 

―一言でいうと?

いかにも「琳派」らしい美しい硯箱です。硯箱の蓋の甲がゆるやかに盛り上がるなど、丸を帯びた優しい箱の形に、まばゆい金地、大胆な形状の馬と公達、桜の木、空間を埋めるような存在感のある文字。それらの間に散る花びらが動きを添えています。

 

 

 

今回の作品: 桜狩蒔絵硯箱(さくらがりまきえすずりばこ)

時代 江戸時代 17世紀~18世紀

作者 尾形光琳

尾形光琳(1658~1716)が作った蒔絵の硯箱です。『新古今和歌集』巻第二に載る、藤原俊成の歌「またやみん 交野のみのの桜狩 花の雪散る 春のあけぼの」をもとにしてデザインされています。

地の金は沃懸地と呼ばれる蒔絵技法で、細かい金紛を密に撒いています。金紛が細かいため、柔らかく優しい光り方をしています。馬、公達、桜の樹木や岩などは鉛板を切って貼り、桜花、公達の顔や手などは貝を用いた螺鈿。ちりばめられた文字は銀と思われる板を切り抜いています。

硯を収める箱には、光琳が作ったことを示す「法橋青々光琳」と光琳の花押が記されています。

 

 

藤田美術館

明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。

 

前野絵里  

藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。

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