時代を超えて愛される茄子 | 藤田美術館 | FUJITA MUSEUM

2021年4月 施設の一部開放、 2022年4月 リニューアルオープン(予定)

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INTRODUCTORY SELECTION

入門50選_10 | 国司茄子茶入

時代を超えて愛される茄子

前野学芸員がやさしくアートを解説します。

 

国司茄子茶入(こくしなすちゃいれ)

 

―こちらも茶入ですね。※第9回参照
国司茄子茶入です。

 

―銘はないのですか?

銘〇〇という形ではありませんが、「国司」が銘に相当します。
複数ある茄子茶入の内、国司茄子と呼ばれるのは、この作品のみです。

 

―茄子というのは、形状ですね?
そうですね。丸茄子を連想させる形です。
茶入は茄子の他、文林や丸壺、肩衝などがありますが、最も重要なものが茄子茶入でした。

 

―大きさはどのくらいですか?
高さが5.9㎝、胴の横幅が6.3㎝。蓋の載っている口の直径は2.8㎝です。
手の中におさまるぐらいのサイズです。

 

―これは日本で作られたものですか?
中国で作られた唐物茶入です。

 

―中国からいつ来たのですか?
鎌倉時代(13世紀)以降、室町時代初め頃(14世紀)には日本にもたらされたと考えられます。

 

―蓋も中国から来たものですか?
おそらく違うと思われます。象牙でできた蓋(牙蓋 げぶた)は、日本で茶入として使用する場合に使うので、日本で作られたものだと思います。

 

―これも焼物ですか?
はい。泥のようにねっとりした、粒子の細かい土を使っています。薄くてとても軽いものです。

 

―名前の国司というのはどういう意味ですか?
国司は役職の名称です。日本の各国を収める長官です。
茶会記に「此の壷伊勢の国司」の表記があり(1573年)、伊勢国の国司を務めていた北畠氏に由来すると考えられています。北畠氏は14世紀以降に伊勢の国司となりました。最後は養子に入った織田信雄(のぶかつ 信長の子)です。14世紀~16世紀の間のどこかで、北畠氏が所有していた茶入と思われます。

 

―その後は誰が持っていたのですか?
堺の豪商、若狭屋宗可(わかさやそうか)が所持していました。
その後、松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう 1582~1639)が持っていました。松花堂昭乗は石清水八幡宮瀧本坊の社僧で、江戸時代初期を代表する文化人です。小堀遠州、大徳寺の江月宗玩(こうげつそうがん)などとの交流が知られています。
茶入は幕末に瀧本坊から出て、道具商へ。1871年(明治4年)に若狭酒井家へ収まりました。

 

―藤田家にはいつ入ったのですか?
1923年(大正12年)です。東京美術倶楽部で行われた若狭酒井家の売り立てで、野村財閥を築いた野村徳七と競り合いとなりましたが、決着がつかないためくじ引きとなり、藤田平太郎が20万円で落札しました。

 

国司茄子茶入 仕服

 

―この茶入にもいろいろな付属品がありますね。
牙蓋1枚、盆1枚、仕服5つがついています。

 

国司茄子茶入 盆

 

―盆に模様があります。
竹林七賢(ちくりんしちけん)の盆と言われています。竹林七賢とは、3世紀ごろ中国に実在した7人の賢者のことで、世俗とはかかわらず、竹林に集い、清談(世俗を離れた風流な議論)を行ったと伝えられています。
松花堂昭乗の茶会記にも出てくるため、江戸時代最初にはこの茶入とセットで使われたことがわかります。

 

国司茄子茶入 旧仕服 白極緞子

 

―板に挟まれたものは何ですか?
これが5つ目の仕服です。かつて仕服だった布で、保存のため、板に挟んだ状態で伝わっています。
白極緞子(はくぎょんどんす)という裂で、14世紀ごろまでに中国より伝わった貴重な裂です。こちらも松花堂昭乗が開いた茶会に使われたことが、茶会記から分かります。
2つ折りの表側の文字は遠州流宗家7世、小堀宗友(1742~1803)、内側の文字は小堀政安(1815~1876)です。
茶入の牙蓋、仕服、盆と様々な付属品があり、中国など海外より渡来したものを使っていますが、いずれも日本で仕立てられ、組み合わされました。

 

―この茶入の見どころは?
唐物茶入は数が少なく、存在自体が貴重です。丸みを帯びた形が優雅で、バランスもよく、とても愛らしい茶入です。手に取ると、びっくりするほど薄くて軽い焼き物です。小さいのに大きく見える、内側から力が出るような緊張感があり、明るい朱漆の盆に載せると、一層華やかです。 

 

 

 

今回の作品: 国司茄子茶入(こくしなすちゃいれ)

時代 宋~元時代 13~14世紀                 

伊勢の国司北畠家が所持し、茄子に似た形であることから「国司茄子」と呼ばれます。全体に掛けられた濃い飴釉に一筋の釉なだれがあり、見どころとなっています。江戸時代初期には、石清水八幡宮瀧本坊の社僧、松花堂昭乗が所持していたことでも知られています。

 

藤田美術館

明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。

 

前野絵里  

藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。

 

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