山口 桂さん(クリスティーズジャパン代表取締役社長) | 藤田美術館 | FUJITA MUSEUM

2021年度の開館に向けリニューアル中です。

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山口 桂さん
(クリスティーズジャパン代表取締役社長)

ART TALK_03 | 世界とつながる

山口 桂さん(左)と藤田 清館長(右)。杉本博司氏が内装を手掛けたクリスティーズジャパンのオフィスにお邪魔した。
山口 桂さん(左)と藤田 清館長(右)。杉本博司氏が内装を手掛けたクリスティーズジャパンのオフィスにお邪魔した。

 

2017年3月、美術館リニューアルを目的とし、ニューヨークのクリスティーズで行われた藤田美術館のオークション。コレクションの中から中国美術の名品31点を出品し、過去のアジアアートウィークの落札総額を更新して話題となりました。このオークションを手掛けてくださったのが、当時クリスティーズニューヨークに所属し、現在はクリスティーズジャパンの代表取締役を務める山口 桂さんです。長らく海外で東洋美術を扱ってきた山口さんに日本美術が世界でどう受け止められているのかを伺い、今後の日本の美術館のあり方、藤田美術館の未来について語り合いました。

 

 

ニューヨーククリスティーズでのオークションが決まるまで

 

藤田 清(以下藤田) この度の美術館リニューアルは、老朽化や通年開館といった課題への取組みでもあるのですが、これからの美術館はどうあるべきかを深く考える機会にもなりました。美術品は、人が歩み創造してきた文化や芸術を伝えてくれる大切な記録です。日々の生活から人生まで、色々なことを学ばせてくれる存在です。ですから、「文化・芸術をもっと近く」に努めるのが使命だと感じています。先人が集めたコレクションを手放すのは、それはもう忸怩たる思いでしたが、大事に守られてきた美術品を、これからもしっかり守って行くために決断したのです。
そして、初めてお目に掛かった時、「あっ、あの山口さんだ」って驚きました。実は以前から山口さんのブログのファンで、いつも拝読しておりました。

 

山口 桂(以下山口) 恐縮です(笑)。私はやはり数年前から、「とある美術館で、いつの日か、もしかしたら、起きるかもしれない」ということは耳にしていました。それがいよいよ実現すると。

 

 

 

藤田 そうでしたね。美術館の役員会で、クリスティーズにお願いすることが決まったので、そのことをお伝えしようと電話した正にその時、まさか「プロフェッショナル仕事の流儀」(NHK番組)のカメラが回っていたとは(笑)。

 

 

山口 あれはヤラセじゃないかと、周りからずい分言われました(笑)。本当にたまたま撮影中に決定のお電話をいただいて。

 

 

藤田 手放すことを決めるのも大変でしたが、どの美術品を売るのかも、苦労しました。展示する機会がないモノとか、日の目を見るモノはとか、日本古来のモノと縁遠いのはどれ、とか。業界専門家にもマーケット環境やトレンドを聞きながら約30点をリストアップしました。クリスティーズからも、私たちの目的や想いをよくご理解くださって、熱いご提案をいただきました。

 

 

 

山口 日本は、美術館がコレクションを売買することに対するアレルギーが強いと思いますね。コレクションのセールは、アメリカの美術館では本当に頻繁に行われています。ただ売るだけではなく、その売上げをどう有効活用するのかという目的があってのこと。フェアでクリアな形で行えば、美術品が流通し、コレクションがシェイプアップされ、なおかつ建物をよくすることによって、収蔵作品を長く安全に保存できる。だから私は、藤田美術館さんとのお仕事を、嬉しい、いい機会だととらえていました。

 

 

藤田 初めて出品リストや作品をご覧になった時、どんな風に感じられたのですか?

 

 

山口 まあびっくりしましたよね。私は東京出身なので、青銅器は根津美術館さんで昔から繰り返し見ていましたから価値はわかります。そのレベルのものが、このように目の前にあって、しかも私どもに出していただけるかもしれないという。加えて、状態がすごくよかったですね。昨今の中国もののマーケットの具合から考えると「これはもうすごいものがきたな」という感じは当然ありました。数は多くはないけれども、絵画と器物のバランスもよかったですしね。オークションとしては、これはかなりいくだろうな、という感触でした。

 

 

藤田 オークションの1年ほど前だったかなぁ。それまで好調だった中国経済の雲行きが怪しくなってきて、美術関係のマーケットも芳しくない。とおっしゃっていましたね。期待通りに評価されるのか、と少し心配になりましたよ。

 

 

山口 実際に、クリスティーズ香港のオークションであまり売れないセールがあったんです。すごくいいものが出ると熱狂して高くなるのですが、出品作品がそれほどでもないと、マーケットの熱も上がらない。藤田美術館さんのオークションの準備中に行われた香港のセールも実はそういう状況でした。みんな中国が下火になるんじゃないか、なるんじゃないかと常に思っているので、1回悪くなると、「ああ、なってきた」と思ってしまう(笑)。

 

 

藤田 もう終わりだ~、みたいな。。。(笑)

 

 

山口 オークションの開催場所をどこにするかという点で、香港という案もあったかと思うのですが、私は絶対にニューヨークでやりたいと思いました。ニューヨークには青銅器を高く評価してきた長い歴史がありますし、やはりアートの世界の中心ですから、世界中のコレクターの注目も集められるだろうと思ったのです。

 

 

 

 

藤田 オークションへ向けての反応は如何でしたか?

 

 

山口 正直に申し上げて、藤田美術館という名前は、海外では浸透していなかったということはあると思います。だから「これは一体どういう美術館ですか」ということは本当によく聞かれました。もちろんカタログにもイントロダクションとして美術館の成り立ちなどは書いてあるんですけれども、出品された作品が中国のものなので、とくに海外の方々へはきちんと説明しないと、中国のものをコレクションしている美術館だと誤解されかねなかった。ただ、曜変天目の3つの国宝のうちのひとつを持っている美術館である、ということで、とくに中国の人には大きく認知されましたね。このオークションによって、世界における藤田美術館の名前の認知は進んだのではないかと思います。ともあれ、よい結果が出せて、本当によかったと思います。

 

 

クリスティーズニューヨークでのオークションのカタログより。青銅器で作られた中国古代の方形をした酒器、方罍(ほうらい)は、オークションの目玉のひとつだった。
クリスティーズニューヨークでのオークションのカタログより。青銅器で作られた中国古代の方形をした酒器、方罍(ほうらい)は、オークションの目玉のひとつだった。

 

 

世界のマーケットでの、日本美術の評価は?

 

藤田 世界では、日本美術そのものへの認知度がまだまだ低いと感じるのですが?

 

山口 中国のものは、西洋でも長いコレクションの歴史があります。ヨーロッパを中心に長く扱われていることと、やはり数の多さでマーケットもできていた。日本美術に関していえば、数が少ないのでマニアックになりがちであるといえます。たとえば浮世絵のように18〜19世紀くらいからヨーロッパに行っているものはコレクターも多いのですが、それこそ藤田美術館さんのコレクションの中心となるお茶道具や仏教美術といった、明治時代以降に世界の美術館に入ったようなジャンルは、そこまで認知が広がっていません。

 

 

藤田 需要がないのですね。海外にも好む方はおられるのですが、大半は「コレハナニ?」状態なのでは?(笑)分かりにくいのかなぁ。

 

 

山口 そういう意味で、中国の焼物は分かりやすいですよね。やっぱり完璧だし、きれいだし。日本のものみたいにこう、いがんでいたり、釉がムラムラだったり、ヒビが入っていたりとか、そういうことに美を見つけるということは、外国の人にはちょっと難しいので、かなり経験と勉強が必要ということがあると思います。

 

 

藤田 日本でも若い人や未経験の方からすると、入りにくい世界になっているのですね。

 

 

山口 ポップアートのようなものとか、時計だとか、車とかには入りやすいのですが、お茶道具はなかなか難しい。

 

 

藤田 同じように、感覚的に「これいいな」でいいと思うのですが。日本人ですら作法が複雑で敷居が高そうと思われているのに、海外の方にとっては、もっと分かりにくい。以前、茶壷がアメリカでのオークションで6,000万円とかで落札されたことがありました。茶道具としては当時の最高額でしたが、国内ならもっと評価されたのでは、と思ってしまいました。それにひきかえ、ピカソとかの西洋絵画は凄いですよね。

 

 

山口 桃山時代からの伝来がわかっている茶道具がオークションに出たのは、あの茶壺が初めてでした。その伝来をすべて取り払った茶壺そのものを出したらいくらになるかというと、約150万円。1万5000ドルから2万ドルですね。でも、桃山時代からの来歴とか、書状とか裂とか紐とかが全部揃っていて、6000万円になった。それって、歴史の代金じゃないですか。あのオークションは、そのことに、アジアの古美術品をコレクションするフリーア美術館が理解を示した瞬間だったんですね。「我々はただの壺を買うのではない」と。歴史や書状によって、どの茶会の会記に出ているかなど、色んな展示の仕方ができる。だからただ壺を買うんじゃなくて、その周りのものとの関わりを含めて買うのだと。日本のものを理解するには、それがやっぱり重要じゃないですか。ただ、藤田さんがおっしゃるように、そこも含めて理解した上での評価が、現状ではこのレベルだということですよね。

 

 

藤田 現代美術は作品の時代背景などを考慮せず、何もない空間で観賞するものとされています。お茶の世界とは逆ですよね。茶碗は箱に入っています。その茶碗を気に入った誰かは箱ごと納めるために外箱を作る。次にその茶碗を手に入れた人は外箱の外箱を、という風に何重にもなってくる。誰が所持して、いかに大事にされてきたかをも付加価値と捉える。そういえば、私たちのオークションでも、クリスティーズは藤田箱(藤田家が作った外箱)を展示していましたね。こういう評価のされ方は、ちょっと嬉しいですね。

 

 

クリスティーズニューヨークでのオークションのカタログより。「鳳龍文羊觥(ほうりゅうもんようこう)」。後ろの2つの箱のうちの右側が、塗りをほどこしたいわゆる「藤田箱」で、藤田傳三郎が自身のコレクションのために製作したオリジナル。
クリスティーズニューヨークでのオークションのカタログより。「鳳龍文羊觥(ほうりゅうもんようこう)」。後ろの2つの箱のうちの右側が、塗りをほどこしたいわゆる「藤田箱」で、藤田傳三郎が自身のコレクションのために製作したオリジナル。

 

 

世界に向けて発信する、これからの藤田美術館

 

山口 僕は去年外国から日本に帰って来て、日本にいる外国人として生きていくことに決めているので、外国人目線で日本の文化を見て、いいところは残す、悪いところは改善すべき、とはっきり言おうと思っています(笑)。藤田美術館さんも、別に海外に媚びを売る必要はないけれども、国宝と重要文化財を私立の美術館でいちばん持っていらっしゃる美術館なのですから、やはり外国の人にもたくさん観てもらいたいなと思っています。今、日本の美術館を訪れるということが、海外の旅行者の間でちょっとしたブームになっていることもあるので、外国人対応が上手にできる美術館になると、アドバンテージが取れると思います。

 

藤田 日本文化を体験する、というのが人気あるようです。展示室では色々と制約があるので、新しい美術館では、展示室外の空間を解放して、誰もが文化や芸術を発信したり、体感したり、自由に使える場所にしたいと考えています。ある意味、色々な体験ができるといいなぁと。

 

山口 そうですね。海外の方が興味を持つと、自然に日本人も興味を持つようにもなりますし。

 

 

 

藤田 お茶も体験できるのですが、海外の方へ向けての設えというより、日本の文化や芸術をしっかり正しく伝えたい、と思っています。インスタ映えもいいのですが、展示室では本物を、展示室外では様々な体験を、と考えています。表面だけでは、その場限りになってしまうように思います。

 

山口 外国人と日本人が一緒にお茶を飲んで、外国人がお茶碗を回して飲めるのに、なんで日本人である自分がそれをできないんだ、っていう気づきがあるような試みとか、あるといいなと思いますね。

 

藤田 そうですね。私より流暢に日本語を話される方もいる。

 

山口 たとえばコロンビア大学で日本美術史の教授をしているマシュー・マッケルウェイさんとか。

 

藤田 私もマシューさんから、超難しくて超丁寧なメールをいただいた時は、愕然としましたね(笑)。

 

 

 

山口 ニューヨークでの能面のオークションの下見会で、外国人が来て、最初は英語で「ちょっと見せていただけますか?」みたいなことを言って能面を観ていらしたんだけれど、持ち方もきちんとしているし、おや?と思っていたら、見終わったときに、日本語で「眼福にあずかりました」って(笑)。そういう外国人を前にすると、日本人としては焦りますよね。そうだ、藤田美術館で、パネリストがオール外国人の、日本美術についてのシンポジウムをやって議論を戦わせるというのはどうでしょうか。もちろん日本語で。

 

藤田 面白そうですね。でも恥ずかし過ぎてその場に居たくないかもしれません。誰も理解できなかったりして。

 

山口 同時通訳必要かもね。日本人向けに。

 

藤田 日本語から日本語?へ(笑)。

 

山口 あとは、お茶碗や茶杓などがどうやって作られるのかといった、工程を見せることは、おそらく海外の方の興味を惹くでしょうね。たとえば茶杓は「ティースクープ」という説明だけでは、「耳かきみたいな棒だけれど、お茶をすくうものなのだな」という認識だけで終わってしまう。そこに工程への解説が加わると、竹のこの部分をこう削って作るのだな、ということから、たとえば棗の上にのせたときにクルクルと回ってしまわないようにここがこうなっている、といった形状の根拠にまで理解が深まります。日本美術の中心であるクラフツマンシップへの理解も得られますよね。

 

藤田 たしかに、ものづくりに関しての理解を深める手助けをするというのはいいですね。

 

山口 掛軸でも、裂についても詳しく紹介するとか。そうすることで、掛軸の価値というものが分かる。作品だけでなく、使っている裂も何世紀のこういういいものなのです、ということを解説するとか。

 

藤田 掛軸なんて、日本人でもわからないですよね。風帯って何だ? なんであんなビローンとした紙が付いているんだ?とか。

 

山口 わからないですね。たとえば中国の掛軸には風帯がないですよね。

 

藤田 もともと、明時代あたりまではあったようです。風でヒラヒラして虫が寄って来ないようにするという、虫除けですよね。

 

山口 それが中国ではなくなってしまった理由は何ですか?

 

藤田 それはわからないようです。

 

山口 風帯が必要ないくらい、いい虫除けができたとか(笑)。

 

藤田 中国は、今ではほぼしていないですよね。上下とか天地もなくて、ただグルッと同じ裂で囲むだけで。

 

山口 そういう意味で日本って、もう絶対に風帯なんて必要ない時代なのに、頑なに付けていますよね。そういった、中国や韓国との違いを解説するのもいいと思います。やはりこれからは中国からのお客様も多くなると思うので。美術品自体もそうですけれど、中国では、箱は一切ないですよね。だから何故日本では箱を大切にするのか、何故箱が増えていくのかとか、そういうバックストーリーも解説すると面白いのではないかと思います。

 

藤田 入口は感じるままに、その後は少しずつ、知れば知るほど、を表現できると理想に近づく様に思います。本日は、どうもありがとうございました。

 

 

 

 

山口桂(やまぐちかつら)
1963年東京都生まれ。1992年にクリスティーズに入社し、日本および東洋美術のスペシャリストとして活動。NHK「プロフェッショナル」への出演が話題に。2018年10月1日よりクリスティーズジャパン代表取締役社長に就任。2008年の運慶作の仏像セールで日本美術作品として史上最高額を記録。2017年の藤田美術館コレクションセールを手掛けた。

 

藤田清(ふじたきよし)
1978年藤田傳三郎から数えて5代目にあたる藤田家五男として神戸に生まれる。大学卒業後、2002年に藤田美術館へ。2013年に館長に就任。現在は、美術館リニューアルに向けて準備中。

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